THE BACK HORN 松田晋二の"宇宙のへその緒"【第三十八回】
2024年08月号掲載
第三十八回「罪悪」
途中から試合に入るのは中々難しい。気持ちが追いつかなければ、全てが後手後手のプレーになってしまう。通常、キーパーと一対一になった場合、シュートを打つ側が70%以上有利だと言われているが、その不利な状況であってもゴールを小さく感じさせたり、相手を焦らせたり、入りづらいムードをキーパーは作り出すことができる。まさに最後の門番。手を使える最大限の利点をどう生かしてプレッシャーをかけられるか。声を大きく出したり、両腕を広げたり、相手がシュートを打つタイミングに全神経を尖らせる。途中から入った自分としては、試合に入っていく為にも、分かりやすく思い切ったプレーが必要になる。その前にシュートを決められてしまったらそれでお終いではあるが、何かきっかけを掴むプレーができないかそのタイミングを探していた。案の定、試合の流れは相手側にあり、こちらの陣地での試合展開が続く。
そして相手ボールのコーナーキックになった。ここだ。とにかく前に出て上がってきたボールに触れられれば、心も身体もペースを掴むことができる。それを狙って少し前めのポジションで、相手がコーナーを蹴った瞬間に相手選手の数人のカオスに飛び込んで思いっきりパンチングをした。ボールは、運良く大きく弾かれ、反対側の味方の選手に渡った。三点も先制して油断していたせいか、相手のほとんどの選手がこちら側の陣地に入ってきていたので、ボールが渡った味方の足の速い選手は1人独走しながら相手ゴールへ向かった。それをそのまま落ち着いて相手ゴールに沈めて一点を返した。味方チームのテンションも息を吹き返す。良かった。正直弾いたはもののどこに行くかわからないボールが味方選手に渡ったのは運が良かった。これで自分も少しプレーしやすい気持ちになれた。よし、まだまだここからいける。そのタイミングで前半終了のホイッスルが鳴った。5、6分ほどだっただろうか。その時間はあっという間に過ぎた。集中がリセットされベンチに戻る際に、ボールに座り項垂れている交代した先輩キーパーの選手が見えた。こちらから声を掛けた方がいいのか。いや、でもまずは試合に出た先輩達とよりコミュニケーションを取って後半に向けて修正をしなければならない。ハーフタイム中、気持ちを切らさないこと。守り抜いてカウンターで得点を狙うこと。
その二つをキャプテンの選手を中心に確認し合った。そして、その先輩キーパーとは話すこともなく後半がスタートした。相手も一点を取られて更に気が引き締まったのか、後半開始早々、また怒涛の攻撃を仕掛けてくる。とにかくもう一点たりとも失点は許されない。だけど、気にしないようにしても、途中で代わった先輩キーパーはどんな思いで試合を観ているのだろうか。と、心の隙間に邪念が入り込んでくる。ダメだ。今は考えるな。試合に集中しろ。自分に言い聞かせながら、必死でゴールを守った。他の先輩達もがむしゃらに走りボールを追いかけている。何としても守り抜く。そんな葛藤を繰り返しながら、後半もあっという間に時間は過ぎた。結局、失点は許さなかったものの得点は奪えず、あえなく敗戦となった。相手チームが喜ぶ中、先輩達は項垂れている。整列をして挨拶をしてベンチに戻ると先輩キーパーは涙を流していた。三年生の引退試合。自分じゃなくても良かったのでないだろうか。先輩キーパーの元へ駆け寄り「すみませんでした」と声を掛けた。返事はなかった。引退。三年生は部活生活をこれで終える。次は自分達の番。この先輩達の悔しさは自分達が晴らす。そんな想いが込み上げると同時に、結果的にポジションを奪ってしまった先輩キーパーへの罪悪感がずっと胸の奥に居座っていた。
〈つづく〉
THE BACK HORN
1998年結成。"KYO-MEI"をテーマに、聴く人の心を震わせる音楽を届けていくという意志を掲げる4人組ロック・バンド。2001年、メジャー1stシングル『サニー』を発表。以降、そのオリジナリティ溢れる楽曲の世界観からクリエイターとのコラボレーションも行う。2024年3月にはライヴ・セレクション・アルバムの"Package Edition"をVICTOR ONLINE STORE限定で発売し、パシフィコ横浜公演を開催。7月に対バン・ツアー、日比谷公園大音楽堂公演を行った。10月には大阪城音楽堂公演を、2025年1月には"マニアックヘブンVol.16"を開催する。
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