THE BACK HORN 松田晋二の"宇宙のへその緒"【第三十三回】
2023年10月号掲載
第三十三回「勝敗」
真冬の朝。海沿いのグラウンドには凍てつくような空気が立ち込めている。霜柱をザクザクとスパイクで砕きながら、闘いのフィールドへと向かって歩く。ウォーミングアップが始まると、昨日スタメンで出たもう一人のキーパーが、緊張を解すように話し掛けながらアップに付き合ってくれている。楽しんでいこうと言わんばかりに、和やかなムードを作り出すのがとても上手い。明るく声掛けも得意な彼は、昨日の試合中も声が枯れるまで指示を出していた。自分は真逆の性格で、どちらかと言えばプレイで周りを鼓舞するタイプであったが、きっとチームプレイの中で特にゴールキーパーというポジションは、ムードを作ったりとにかく声を出してチームを鼓舞するのが役目なんだと、この選抜大会で気付かされた。自分もとにかく何でもいいから声を出して試合に臨もうと決めていた。
アップが終わり整列をしていよいよ試合が始まる。昨日は一試合も勝てずに終わってしまったので、とにかく一勝、無失点に抑えて勝利を掴みたい。ホイッスルが鳴り試合が始まった。昨日、外から観ていた相手チームよりも今日の方が何となく迫力は落ちる印象だった。チャンスも幾度となくあり、押し気味に試合を進めてはいるがなかなか点が入らない。ピンチというピンチもなく、あっという間に前半が終了した。外から観ている試合は長く感じるが、中に入ってプレイしていると時間が過ぎるのがとても速く感じた。それだけ集中していたのかも知れない。過去の試合では自分の見せ場が来るように、相手に「もっと攻めてこい」と自分のことだけ考えていたあの時とは違い、一点でも多く入れて守り抜いて試合に勝ちたい。そんな想いが今は支配する。
後半が始まると、相手チームが押し込んでくる場面も増え始める。コーナーキックも数回あり、何度かパンチングで跳ね除けた。このまま引き分けのムードが漂う拮抗した展開の中、相手のFWの選手が一瞬の隙を突いてこちらのゴールにドリブルを仕掛けてきた。ディフェンスはいない。キーパーと一対一。ロングシュートへの反応を得意としていた自分のプレイの中で、唯一苦手だったのが相手との一対一の勝負だった。攻める方がほぼほぼ有利ではあるのだが、ここで止めなければ負けてしまう。どんどん相手がドリブルで近づいて来る。味方も全力で追いかけて来るが間に合わない。どのタイミングで前に出るか。真正面から向かって来る相手に少しずつ距離を詰めていく。そして、飛び込むタイミングを掴めないまま、相手FWがシュートを放った。即座に反応し身体を倒しボールに手を伸ばす。手に触れた感触は無い。「頼む、ゴールから外れてくれ」そう願いながら倒れたまま後ろのゴールに顔を向けると、ボールはゆっくりとネットに吸い込まれていった。その瞬間に相手チームの歓声が聞こえた。やられた。とても長く感じた数秒間。起き上がることもできない。「いや、まだ試合は終わってない」すぐさまボールを拾って味方に渡した。「しょうがない、ドンマイドンマイ」味方の選手が声を掛けてくれる。尚更悔しい。自分が少しでもボールに触れれば失点は免れたかも知れない。味方の選手の励ましに、泣きそうになる。「ごめん」声にならない声で呟いた。キャプテンは「切り替えよう。取り返すぞ!」と周りを鼓舞している。そうだ、まだ時間はある。自分も試合が始まる前のあの気持ちを思い出した。自分だけが悔しがっている場合じゃない。声を出そう。「まだあるぞ!」悔しさを噛み殺し、腹の底から声を張り上げた。
しかし、無情にもホイッスルは鳴り響き、試合は終了した。負けた。今まで味わったことのない真剣勝負の舞台で、心の底から悔しさを味わった。そして初めて、試合に勝ちたいという想いが込み上げてくるのであった。
〈つづく〉
THE BACK HORN
1998年結成。"KYO-MEI"をテーマに、聴く人の心を震わせる音楽を届けていくという意志を掲げる4人組ロック・バンド。2001年、メジャー1stシングル『サニー』を発表。以降、そのオリジナリティ溢れる楽曲の世界観からクリエイターとのコラボレーションも行う。2018年に結成20周年を迎え、海外公演や日本武道館公演を含むツアーを完遂。2023年6月にリアレンジ・アルバム、10月4日に結成25周年記念シングルをVICTOR ONLINE STORE限定で発売した。10月13日よりアニバーサリー・ツアーを開催。2024年3月にはパシフィコ横浜公演を行う。
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