THE BACK HORN 松田晋二の"宇宙のへその緒"【第十一回】
2020年02月号掲載
第十一回「不安」
消えない不安を払拭するにはどうしたら良いだろうか。今思えば、大人が投げかけた励ましの言葉は無力だった。自分を信じろとか、やってきた努力は報われるとか、説得力のない定型文の台詞はそいつを消し去るには余りにもひ弱だった。上手くプレーできないかもしれない。痛みは治るだろうか。一度生まれてしまった不安は誰の言葉でも拭われる事はない。ただただ、頭の中に言葉としてたどり着くだけで、実感として心を動かす力は何処にもなかった。ケガをしてからというものの、痛みと共に、毎日自分の力が誰にも通じないんじゃないかという影は心のどこかに常に潜んでいた。そんな中、自分の気持ちを知ってか知らずかおばあちゃんだけが、毎日畳の自宅の部屋でボールを投げてキャッチの練習を率先してやってくれた。左の足の骨の付け根の痛みも、畳に座布団を敷いた部屋では横っ飛びをしてもそれほどなく、キーパーとしての勘を鈍らせない為にもありがたい練習になっていた。
小さな頃から幸いにも大きなケガをせずに育った。風邪をひく事もあまりなかった。毎晩500mlの牛乳をがぶ飲みし、とにかく白米を毎日好んで食べていたのがどこまで健康体に影響してるかは分からないが、今となればこの健康な身体を貰っただけでも親に感謝したいと思う。だからか、今でも痛みや少しの身体の異常にも敏感に反応してしまう神経質な部分がある。練習にまた参加できるようになっても、少しの衝撃で痛みを感じた。無意識に神経が足の付け根に集中し、キャッチミスや躊躇するプレーが増えた。気持ちと身体がちぐはぐで自分でも悪循環に陥ってるのが分かるくらい上手くいっていなかった。もう試合が直ぐそこに迫っているのに。どうしよう、試合までに治らなかったら。授業中も寝る前もずっとその事ばかり考えていた。自信はそれまでやってきた練習と小さな成功の数々が積み重なって少しずつ作られていく。しかし、残酷にもその自信はほんの些細なきっかけで崩れ去ってしまう。頭では分かっている。集中しろ、気にするな、今までやってきた通りにやれば必ずできる。いくら言い聞かせても、不安という悪魔がその小さな小さな隙間から顔を覗かせる。
試合の日が近づくにつれて練習の合間にかける監督の声も温度が上がる。「小学生の集大成の試合だぞ!」、「3年間の成果をみせよう!」心のどこかでは、ついこないだからしか練習なんて見てないくせに、何が集大成だろうと思いつつも、サッカー経験のない先生も、必死でいわゆる監督像になりきろうとしている姿に仲間も自分も気合いが入っていくのを感じた。味わった事のない緊張とワクワクと何よりも目的を持って取り組む大好きなサッカー。グラウンドにいる時だけは、友達同士の垣根を越えて、ただみんなが勝つ為に自分の力を磨く。本当の意味で楽しかった。充実していた。本来なら自分も並々ならぬ強い思いと、今まで練習で積み上げてきた自信で少しでもみんなから頼られる存在になるはずった。だけど、心の奥には消し去る事のできない不安が潜んでいる。誰にも言えない痛み。もうどうせなら試合の日が来なければいいのに。そう思ってしまうくらい弱気になっていた。風呂上がりに貼る湿布だけが唯一のおまじないのようにその瞬間だけ痛みを微かに和らげた。
そしていよいよ試合前日に迫った夕食の時、普段あまり話さない父親が口を開いた。「明日はがんばれ」小さく頷いて夕食を流し込んだ。泣きそうになる気持ちを押し殺し布団に入った。明日はがんばれるだろうか。天井のぼやけたオレンジの豆電球を見上げながら目蓋を閉じた。目が覚めたら試合だ。いつもより早めに入った布団の中で、意識はだんだん遠ざかる。ふとその時、微かに声がした。「晋二、明日は大丈夫。おばあちゃんが付いてるから」重い目蓋を少しだけ開けると障子の向こうで人影が動いた。とめどなく涙が溢れた。布団を顔まで被り聞こえない振りをした。とにかくやるしかないんだ。ぐちゃぐちゃな気持ちのまま眠りについた。
<つづく>
THE BACK HORN
1998年結成。"KYO-MEI"をテーマに、聴く人の心をふるわせる音楽を届けていくという意志を掲げる4人組ロック・バンド。2001年、メジャー1stシングル『サニー』をリリース。以降、そのオリジナリティ溢れる楽曲の世界観からクリエイターとのコラボレーションも行う。2018年に結成20周年を迎え、3月にミニ・アルバム『情景泥棒』を、10月にはインディーズ作品の再録アルバム『ALL INDIES THE BACK HORN』を発表。2019年10月には12枚目となるオリジナル・アルバム『カルペ・ディエム』をリリースした。
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