THE BACK HORN 松田晋二の"宇宙のへその緒"【第十四回】
2020年08月号掲載
第十四回「休息」
勝利で終わった一試合目の後にお昼を挟む事になり、みんなで軒下にブルーシートを引いて持参した弁当を広げた。次の試合に向けて束の間の休息だ。田舎で育った僕らは、当時の時代もあり、いつもと違ったよそ行きのおかずが並ぶ弁当は特別だった。というのも、夕食は決まって家族で食卓を囲み、母親の手料理を食べる。お爺ちゃんお婆ちゃんがいた自分の家は特にみんなが食べれるよう、煮物があったり、漬け物があったり、お浸しがあったり、ザ和食がメインのメニューが多かった。友達同士で好きな物だけ食べれる彩りの豊かなお弁当はそれだけでワクワクした。夕食となれば、育ち盛りの小学六年生にはとにかくボリュームが最優先で、繊細な味付けの和食メニューには目もくれず、白米に納豆や卵をかけてガツガツ食べたり、味噌汁をかけて二杯食べたり、とにかく勢いよくご飯を頬張っていたが、弁当だけはゆっくり味わって食べさせるそんな魔法がかかっていた。運動会、遠足、発表会、数回しかない弁当の機会。きっと他の友達の家もそんな感じだったんじゃないかと思う。うちは外食はほとんどなくて、記憶している限り家族での外食は両手で収まるくらいだったが、別にそれが嫌だった訳でも辛かった訳でもなく、当たり前に感じていた。今になればなんて恵まれていたのだろうと思うのだけれど、思春期になるにつれ、そんな当たり前の光景から抜け出したくなっていた気持ちが芽生え始めていたのも事実で、高校になりもっと知らない世界を知る事で、その気持ちが爆発的に膨れ上がっていくのだけれど、それはまたもう少し後の話としてとっておこうと思うが、とにかく小学六年生のお弁当は、そんな代わり映えのない食事に少しの変化をもたらすご馳走だったのである。ミートボール、ソーセージ、卵焼き、かまぼこに、ふりかけご飯。ウインナーがパリッとしてるのを自慢する友達。竹輪にたらこが挟まっているのが美味しいと言ってくる友達。品数の多さを競ってくる友達。みんながそれぞれにお弁当を楽しんでいる。
そんな中、弁当を囲みながら休息の時間に一つ強烈に心に焼き付けた些細な場面があった。他のみんなが、次は俺が点を取るとか、PKになったら俺が蹴るとか、あと二試合走れるかなとか、次の試合に向けてフィールドプレーヤーにしかできない会話で盛り上がっていた。自分も笑いながら聞いていて、何を気にする訳もなく、みんな試合が楽しみなんだなぁと頼もしく思っていたのだが、その一方で、心の奥でザワッと何か黒い影がほんの少しざわつく感じがした。自分はフィールドプレーヤーが上手くないからキーパーに抜擢されたのか。身体がデカいからキーパーにさせられたのか。もちろん、キーパーには魅力を感じていたし、かっこいいと思っていたし、やりがいも感じていた。しかし、どのポジションもできる万能タイプだった訳でもないので、消去法でキーパーにさせられてしまったのではないか。この先、もし物凄くフィールドプレーヤーをやりたいと思ってもやらせてもらえないのではないか。自分にはやるポジションがないからキーパーを与えられたのではないか。ふと、自分のサッカーに一つ線を引かれ選別されてしまったような気持ち。1人だけ違う場所にいるような、同じ11人の中で絶対に1人だけ達成できない離れた場所にいるような、寂しさが急に込み上げてきてしまっていた。その時だった。仲間の1人がこんな事を言った。「良いよなぁ、お前は体がデカいからキーパーやれて。俺は背が低いからずっとキーパーはやれねぇんだろうなー。」沈んだ気持ちが一気に浮上するような、背中を電気が駆け巡るような感覚があった。あ、もしかしたらキーパーをやりたくてもやれない子もいる。キーパーを羨ましく思ってる子もいるんだ。別に周りの仲間は消去法で自分がキーパーになったなんて思っていないんだ。我に返るようなそんな一言だった。その子が自分の気持ちを察して優しさでかけてくれた言葉かもしれないし、本心からそう思っていたのかもしれない。ただ今でもその場面だけは鮮明に覚えている。
僕らは生まれてから、体格という誰しも平等ではない定めを背負っている。誰のせいでもない。生まれ持った成長のスピード。子供の頃は特にその体格、成長のスピードが序列や悪気のない残酷さを生んだりする。今もっと体が大きければ、身長が高ければ。違うスポーツをやっていたかもしれない。もっと活躍できていたかもしれない。レギュラーを取れたかもしれない。大人になれば体格だけではない能力や、頭脳、知識、技術でどんな戦い方もできるし生き抜いていける。でも、子供の頃の体格の大きさは特にスポーツにおいては、その時にしかない武器になり、体格に恵まれない子には弱点になってしまう事もある。その意味で自分は小さい頃から身長が高く体格に恵まれていて、気付かない間に周りから羨まれていたのかもしれない。そしてそういう気持ちを分かってあげる事もできないままいたのかもしれない。そしてまたそう思う事さえも独りよがりな身勝手な思いなのかもしれない。選んだ訳でもなく選ばれた訳でもない、みな与えられたその命の中で。
今あの時の場面に戻れたなら、自分はなんて言葉を返しただろう。
その頃からだろうか、仲間と写真を撮る時に少しだけ背中を丸めて写っていた気がするのは。
<つづく>
THE BACK HORN
1998年結成。"KYO-MEI"をテーマに、聴く人の心を震わせる音楽を届けていくという意志を掲げる4人組ロック・バンド。2001年、メジャー1stシングル『サニー』をリリース。以降、そのオリジナリティ溢れる楽曲の世界観からクリエイターとのコラボレーションも行う。2018年に結成20周年を迎え、海外公演や日本武道館公演を含むアニバーサリー・ツアーを完遂。2019年には12枚目となるオリジナル・アルバム『カルペ・ディエム』を発表。2020年6月、配信シングル「瑠璃色のキャンバス」をリリース。現在、過去のライヴ映像の中から13作品をプレミア公開していく"KYO-MEI MOVIE TOUR"を開催中。
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