THE BACK HORN 松田晋二の"宇宙のへその緒"【第三十一回】

2023年06月号掲載

THE BACK HORN 松田晋二の"宇宙のへその緒"

第三十一回　「経験」

それまでにチームがどれだけの試合を経験してきたかという違いは、真剣勝負の場所において明らかに結果という現実に作用してくる。年に数回しか試合をしていない経験値では、勝ちを手繰り寄せる感覚すら育っていない。上には上がいる。よく聞く言葉だがまさに世界が広がれば広がるほど、その分だけ強いものは出てくる。見た事もない上手い奴が現れる。その頂点に立つほんの一握りが、プロ選手という称号を勝ち取るのだろう。自分を見つめて、周りを見渡して、その違いの距離感で自分の立ち位置を測り、自覚した時に、挫折という大きな壁が目の前に大きく立ちはだかったりもする。好きという純粋な思いだけでは太刀打ちできない、絶対的な差を痛感した時にまた這い上がれるか、諦めてしまうのか、その決断を迫られる事になる。

広い世界を知るというのは、成長にもつながるし、好きだったものを諦めさせてくれる優しさにもなる。それは残酷な事ではなく、潔く好きだったものに別れを告げ、また次の道を探すきっかけにもなる。または、好きという気持ちだけを持ちながら楽しくやれる場所を見つけるというのも一つの選択かも知れないが、きっとそれは、もう少し先の高校年代や将来をもっと具体的に想像できるようになってからの向き合い方かも知れない。当時の情報量だけではその世界の広さすらも知れない狭さがあったのは確実で、知らないからこそ無防備な強さがあったのも事実だが、今の情報社会では知りすぎるが故に始められなかったり、諦めるスピードが早すぎるという大変さもあるのだろうと思う。いずれにしても競技というのは、好きという純粋な力だけで戦うには、あまりにも透明で細かすぎるハードルの多い場所だ。情報が多い方が良かったか悪かったかというのは一概に言えず、時間は流れ時代もまた進化しているという意味で、今その生きている瞬間の世界で勝つ方法をきっと探るしかないのだ。

試合会場に着いて、他の選抜チームのアップの仕方からもう既に一歩や二歩先のチーム力の高さを感じさせる。そして百戦錬磨の貫禄すら漂う。ここまで来たからには、この集められたメンバーを信じ一人一人の力を出し切るしか、僕らの戦う武器はない。その日の試合は二試合。そして次の日に順位決定戦を行う。とにかく目の前の試合を頑張るしかないと何度も自分に言い聞かせた。

しかし試合が始まると、やはり自分はサブキーパーでもう一人のキーパーがスタメンで出場する事になった。相手チームはやはり強い。一人一人が速い、蹴れる、そして周りを見れる余裕がある。それが11人も揃っていたら簡単に突破口を開くのは難しい。県南地域の上手い選手が揃っていたとしても、他の地域には更に上をいく選抜メンバーがゴロゴロといる。そしてきっと、県外には更に上をいく選手達がいるに違いない。そんな絶望と言っても過言ではない現実と、世界の広さを目の当たりにしながら、ぼんやりとフィールドを眺めていた。だからこそ、その世界がどんなものなのか、そのスピード、シュートの威力を肌で感じてみたかった。でもこれもまた勝負の世界。監督も勝つ為にこのチームを任されている訳で、同情で選手を出すほど甘くはない。砂を噛むような歯がゆい気持ちで終始ベンチに座っていた。

結果その日は二試合とも出番がなかった。同じ中学校から来た仲間も途中から数分出るくらいだった。そして二試合ともあっさりと負けてしまった。不思議と悔しさはない。他のチームが強いのは一目瞭然。自分はそのチームと戦うメンバーにも選ばれていないのだから。ただ一つあるとすれば、やはりその強者達の強烈なシュートをこの手で受け止めてみたかった。蹴り出すボールのスピードに反応してみたかった。その強者達が息づく世界でどんな気持ちになるのか、ただそれだけを味わってみたかった。

<つづく>

THE BACK HORN

1998年結成。"KYO-MEI"をテーマに、聴く人の心を震わせる音楽を届けていくという意志を掲げる4人組ロック・バンド。2001年、メジャー1stシングル『サニー』を発表。以降、そのオリジナリティ溢れる楽曲の世界観からクリエイターとのコラボレーションも行う。2018年に結成20周年を迎え、海外公演や日本武道館公演を含むツアーを完遂。2023年2月にライヴBlu-ray『マニアックヘブン vol.13 & vol.14』を通販限定で発売した。6月14日にリアレンジ・アルバムをリリース。7月にリリース・ツアー、10月からは25周年アニバーサリー・ツアーを開催し、2024年3月にはパシフィコ横浜公演を行う。

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