THE BACK HORN 松田晋二の"宇宙のへその緒"【第二十九回】
2023年02月号掲載
第二十九回「集中」
醸し出す雰囲気は初対面の相手ほど感じやすいかも知れない。ましてや同じスポーツで同じポジションをやっていれば尚更、プレイに対する自信や経験値、立ち振る舞いなどそれらから醸し出される雰囲気は動きを見なくても分かる「上手さ」が滲み出ている。そしてその者同士が対峙した時の動物的な勘はほぼ当たる。もう一人のキーパーが近づいて来た時のそれは、数分後のプレイでやはりそうだったと確信に変わった。シュート練習での反応、ジャンプ力、バネ、キャッチングなど、どれを取っても見たことないレベルだった。何よりも凄かったのは、その反応の速さ。まるで、頭と身体がもの凄い速さの信号で繋がっているようなスムーズな動きだった。かつそこに動物的な身体能力が加われば、ほとんどのシュートを防ぐのも納得できるほど優れたゴールキーパーだった。枠を外れるシュートに対してもしっかり身体は反応し飛びついている。同じ歳でもこんなに上手い奴がいるなんて思ってもいなかった。選抜チームとは各小学校からのスペシャリストが集まって来るのはなんとなく想像はしていたが、こんなに衝撃を受け、世界の広さを痛感するとは思っていなかった。20本くらいずつ交代のシュート練習のゴールを守る最初のキーパーになった彼の動きを横で見ながら、そんなことを実感していた。自分も負けじと集中力を高めてその繰り出されるシュートの数々に全力で反応した。キーパーのレベルも去ることながら、選抜チームのフィールド選手のシュート力も半端ない。蹴られたボールに真っ直ぐにその力の全てが伝わっているような球筋は、今まで感じたことがない。手のひらに残る衝撃の余韻も部活の時と比べものにならないくらい重く長いものだった。新たな世界での刺激的なサッカーの練習で、アピールどころか自分自身をその空気に追いつかせるので精一杯で、練習中はこれまでにない集中力を必要とされた。今思い返せば、ゴールキーパーとしての自分の能力は身体的にずば抜けているとは言いがたく、身長と短距離走が得意が故の瞬発力、それと相手が蹴った瞬間にそのボールの行き先に反応できる目測に少し長けていただけだったと分析する。その目測力とは、きっとサッカーを始める前の頃に、近所の子供達と毎日のようにやっていたゴムボールでの野球で鍛えられたものだったと思う。球技は違えど素早く動くボールを追いかけたり、打ったり投げたりと、ゴールキーパーのプレイに必要なスキルが小さい頃から養われていたのだと思うと、家にテレビゲームがなくてもおもちゃがなくても、無我夢中でボールを追いかけていたあの環境は有り難かった。
集められた選抜チームの他校のメンバーは、そのもう一人のゴールキーパー然り、みんなが心からサッカーを楽しんでいるようだった。その中で自分は、一枠しかないゴールキーパーのレギュラーというポジションを争わなければならない。この時点で監督の中で既に優劣はついていたのかどうかはっきりは分からなかったが、誰から見てもレギュラーはもう一人のキーパーだった。昔から、人一倍周りを気にしたり、空気を察したりしてしまう気質のせいで、この練習の始まりの段階で既に負けていると感じていた自分は、とにかくミスだけはせず、気を張って練習に取り組もうと心に決めていた。シュート練習が終わり、次のトレーニングの合間にもう一人のキーパーが話しかけてきた。「松田君?なかなか良い反応するね。」気さくで陽気な彼は思ったことも伝えられる素直な性格だった。「あ、そうかなー。」と返すのが精一杯だった自分は、何かこの性格的な部分もプレイに繋がっているようで、益々自分というものの出し方に困惑してしまうのであった。
<つづく>
THE BACK HORN
1998年結成。"KYO-MEI"をテーマに、聴く人の心を震わせる音楽を届けていくという意志を掲げる4人組ロック・バンド。2001年、メジャー1stシングル『サニー』を発表。以降、そのオリジナリティ溢れる楽曲の世界観からクリエイターとのコラボレーションも行う。2018年に結成20周年を迎え、海外公演や日本武道館公演を含むツアーを完遂。2022年4月に13thアルバム『アントロギア』をリリース。9月に日比谷公園大音楽堂、10月に大阪城音楽堂でワンマンを開催。2023年2月22日にはライヴBlu-ray『マニアックヘブン vol.13 & vol.14』を通販限定で発売する。
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