THE BACK HORN 松田晋二の"宇宙のへその緒"【第五回】
2019年02月号掲載
第五回「試合」
ゴールキーパーは、サッカーにおけるフィールドプレーヤーの中で唯一手を使える選手。
ボールを蹴りたくて、シュートを決めたくてサッカー部に入った子供からしたら何でキーパー?キーパーは余った選手がやるポジションでしょ?ジャンケンで負けた奴がキーパーね。そんな会話が飛び交うくらい当時の少年サッカーではキーパーは日陰のポジションだった。今でこそ少年サッカーにおいてもキーパーから始まる攻撃のビルドアップや、ディフェンスの砦であるスイーパー的な役割まで求められるくらい、キーパーの重要性が問われているが、Jリーグができる遥か昔、今から30年前の少年達にはただボールを蹴って走って取られて取って、余り余った元気をグラウンドで発散するのに打ってつけのスポーツという認識だったように思う。
いよいよ試合の日が来た。吐く息は白く冬の寒さを実感する朝。あのドキドキは未だに忘れない。何人かいるフィールドプレーヤーの時の試合とはまた違う緊張感。自分のせいで取られたらどうしよう。ミスしたらどうしよう。いつもやっていた練習通りにやれるだろうか。前の日はろくに眠れず当日を迎えた。試合会場は車で1時間半ほど離れた市内の小学校。少年団のサッカーなので、親達が有志で車を出し合って会場まで向かう。山に囲まれた田舎の小学校のチームが、だいぶ離れた都会の小学校に行くだけで大ごとだ。会場に着いて、監督が試合時間や対戦相手、アップの時間などを説明する。グラウンドはそんなに広くないものの、建物の中に囲まれた小学校を見るのでさえ珍しく、他に集まって来るチームが全部強そうに見えて、もう今までにない環境に慣れるのでいっぱいいっぱいだった。そんな中いよいよ先発メンバーが発表された。
「1番キーパー、晋二」
分かってはいたけど、改めて発表されると益々緊張する。次々と名前が呼ばれていよいよ始まる。キーパーになって初めての試合。ドキドキだけしかない気持ちのままセンターラインに整列した。向かいあった相手チームが強そうに感じる。前にいる同じキーパーが自分よりも大きい。挨拶の後、不安だけを抱えて陣地のゴールへと駆け出した。両チーム22人が散り散りになり試合が始まる。ホイッスルが鳴った。もうビクビクしてはいられない。とにかくボールがこちらにいつ来るか注意しながら後ろから戦況を見つめる。ボールが流れてくる。キャッチする。ボールを前線へ蹴る。また、ペナルティエリアの辺りから、シュルシュルっとゴロのボールが溢れてきてキャッチする。そしてまたキックする。「あれ、なんか想像してた試合と違うな......」もっと強烈なボールが飛んでくるとか、速いドリブルで侵入してくるとか、そんな防戦一方の試合を想像し過ぎていたのか、意外といけるんじゃないかと気持ちが高ぶってきた。
無意識に「いけるぞー」とか「シュート打ってこう!」とか自然と味方への声が出ていた。攻撃でも惜しいチャンスは何度かあった。華麗なパス回しや、崩して崩してみたいな攻撃ではないものの、ヤンチャな集まりのサッカー部らしい、1人1人の負けん気の強さや足の速さで、徐々に押し込んではいた。しかし決定的なチャンスまではいけず点を取るまでには至らなかった。相手の攻撃も、そこまで鋭いのはなく難なくキャッチ出来るものばかりで試合は膠着状態が続く中、僕はある気持ちの変化に気付いていた。あれだけ不安な気持ちに支配されていたのに、いつしか、もっと強いシュートを止めたい。ドリブル突破を防ぎたい。キーパーでカッコいい所を見せたい。そんな気持ちに変わっていた。後半になって残り僅かな時間になると、相手のフォワードにそこからシュートを打って来い!ドリブルで突破してこい!と心の中で叫ぶようになっていた。そんな複雑な気持ちのまま、キーパーとしての見せ場はなく試合は0-0で終了。
その後、試合はなんとPK戦へと進むのであった。
<つづく>
THE BACK HORN
1998年結成。"KYO-MEI"をテーマに、聴く人の心をふるわせる音楽を届けていくという意志を掲げる4人組ロック・バンド。2001年、メジャー1stシングル『サニー』をリリース。以降、そのオリジナリティ溢れる楽曲の世界観からクリエイターとのコラボレーションも行う。2017年、2枚目となるベスト・アルバムをリリース。2018年に結成20周年を迎え、3月にミニ・アルバム『情景泥棒』を発表。10月には、インディーズ作品の再録アルバム『ALL INDIES THE BACK HORN』をリリースした。現在、台湾公演を含む全国ワンマン・ツアーを開催中で、そのツアー・ファイナルとして2019年2月8日に日本武道館公演を行う。
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