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THE BACK HORN 松田晋二の"宇宙のへその緒"【第十六回】

2020年12月号掲載

THE BACK HORN 松田晋二の"宇宙のへその緒"【第十六回】

第十六回「決意」

相手チームのロングシュートが外れたあと、高鳴る鼓動が落ち着かぬままゴールキックから試合が再開する。グラウンド上にはなんとも言えない響めきが漂っている。保護者の観客がそんなに沢山いたわけではないが、明らかにさっきのシュートで会場の空気が変わったように感じる。「いけるぞー」俄然、相手チームの声も出ている。一呼吸ついてボールを前線に蹴り飛ばす。真ん中くらいで、その相手のキャプテンを中心にボールを跳ね返される。味方の選手達も必死にボールに食らいつく。サイドにボールが流れると、足の早い相手のサイドハーフが駆け上がってくる。真ん中にはデカくてキック力のある選手、サイドからは足の早い選手、まさにサッカーのセオリー通りの特徴を活かした攻撃を仕掛けてくる。試合が始まってまだ五分と経たないうちに明らかにペースを握られている。味方も何とか持ち堪えてはいるが、前線にボールを運べない。何とか相手陣地に蹴り出して一呼吸おいてペースを取り戻したいところだが、相手はボールをキープするのも繋ぐのも慣れているようで、奪いに行くうちらの選手を軽くいなして、また違う選手にボールを渡す。じわりじわりと隙を狙っているようにも感じる。一気に裏をとられたらおしまいだ。味方ディフェンスが、ボールを奪いに前へ前へと押し上がってくる相手1人に対して、2人、3人とボールに向かっていく。ヤバイ。ポッカリと自分とディフェンスの間に隙間ができる。自分も前へ出るべきか、いや、そうするとまたあのロングシュートが飛んでくる。どっちつかずの距離を保っていると、足の早いサイドの相手選手がまさにその空いたスペースにボールを蹴り込んできた。出るべきか、出ても間に合うのか、手が使えるペナルティエリアで構えるべきか、判断がつかない。どうしよう。その瞬間に、真ん中の相手フォワードがそのボールに追いつき完全に、自分と一対一になった。真正面から自分の後ろにあるゴール目掛けて走ってくる。勢いよく突進してくる。ダメだ、動けない。躊躇している間に相手フォワードがシュートを打った。完全に抜かれた。見送る事しか出来ない。ボールは長い距離を転がり無人のゴールに吸い込まれた。入れられた。項垂れた味方のがっかりとした気配を背中に感じながら、吸い込まれたゴールへボールを拾いにいく。先制されてしまった。悔しい。拾い上げたボールをセンターラインまで投げ返す。思い切って前へ出るべきだったか。自分のプレイを悔やみながら顔を上げると、味方の1人が叫んだ。「まだまだ時間はある!」「取り返そう!」1人2人と声が聞こえる。そうだ、まだ始まったばかり、ここで負ける訳にはいかない。今まで、自分だけが頑張ってると思っていた試合だけど、仲間達も勝ちたい気持ちがあるんだと熱いものが込み上げてきた。涙が溢れそうになる。よし、次は何としてもこのチームの為に貢献したい。1点も入れさせない。気持ちを入れ替える。

ホイッスルからまた試合が再開する。

思えば実戦経験の少ない僕らのチームは、攻める攻撃の仕方は何となく分かってはいても、ディフェンスとキーパーの距離や、守備の関係性など、何度も試合で経験しながら学べる戦術は少なかった。あとは声をかけながらとにかく気持ちで負けず思いっきりプレイするしかない。相手チームはサッカーを分かっていて、きっと試合慣れもしている。実力の差を感じても残りの時間とにかく全力で集中しよう。自分に言い聞かせた。しかし、相変わらずボールはキープされ、試合は支配されている。すると、中盤でボールの奪い合いの中、こぼれ球を拾い味方のフォワードが抜け出した。チャンスだ。正に自分が入れられたようなキーパーとの一対一。よし、頑張れ!決めろ!「いけー!」一番後ろから自分も声に出して叫ぶ。しかし、相手のキーパーは何度もこのシーンを経験してるかのように、焦らずじわりじわりと腰を落として距離を詰めてくる。そして、一瞬、ボールを離して打てる!と思ったその隙に相手キーパーは味方フォワードの足元に滑り込みボールをキャッチした。正にキーパーのお手本のようなプレイだった。これが正解だ。一対一のキーパーの守り方。「ナイッス、ナイッス!」「惜しいぞ!」味方からも声がかかる。惜しかった、そして悔しい。全く同じ状況を相手キーパーは冷静に防いだ。凄い。見ていても分かる。上手いキーパーだ。また同じような時に自分にあの飛び出しができるだろうか。勇気か、冷静さか、経験か。多分その全てかもしれない。圧倒的有利は攻撃の方だ。その攻撃側の相手にどれだけプレッシャーをかけられるか。このキーパーには止められてしまいそうと感じさせられるか。一番大事な部分かもしれない。それが自分には圧倒的に足りなかった。その後何度か同じような抜け出しを味方フォワードが見せたが、さっきの相手キーパーのファインセーブに完全に呑まれてしまったのか、全て防がれてしまった。そして、後半にコーナーキックから、ヘディングで押し込まれ終わってみれば2対0で試合は負けた。完敗だった。強かった。そして上手かった。味方の誰1人として防げなかった自分や、決められなかった仲間に文句を言う奴もいなかった。それくらい太刀打ちできない相手だった。負けた悔しさ、いや、それ以上にサッカーという競技をしっかり見せられ、上には上がいる現実を見せつけられた衝撃が大きかった。ただがむしゃらに走っても、サッカーが好きでも、繰り返しビデオでシュートを防ぐイメージをしても、越えられない現実。何となく集まって走り回っているサッカーでは戦えない喪失感みたいのをみんなが感じているようだった。そして、それは僕もそうだった。

試合が終わりベンチに戻ると監督は言った。「負けたけど仕方ない、相手はサッカーを知っていた。お前らは頑張って走って戦ったけど、サッカーをそこまでは知らなかった。その違いだ。よく頑張った。お疲れさん。」

いや、それを教えるのが監督じゃないか。教えようともしてなかったじゃないか。震える思いが込み上がる。その言葉がここまで出そうになる。いや、違う、自分も含めて監督はこのチームに本気でサッカーをやろうとする気持ちや心を感じなかったのかも知れない。とにかく楽しくやれと、そう思っていたのかもしれない。六年生最後の大会が終わった。その後に行われた最終試合もあっさりと負けてしまい上の大会へも行けず、キーパーとしての良いプレイも見せれずに六年生最後の大会が終わった。それと同時に僕は本当の意味でもっともっとサッカーを知りたくなった。そしてそんなサッカーだけを追求するチームで戦いたいと思った。痛く冷たい風が吹き抜ける真冬のグラウンドで、喪失感と共に新たな決意が芽生え始めたのであった。

<つづく>

THE BACK HORN

1998年結成。"KYO-MEI"をテーマに、聴く人の心を震わせる音楽を届けていくという意志を掲げる4人組ロック・バンド。2001年、メジャー1stシングル『サニー』をリリース。以降、そのオリジナリティ溢れる楽曲の世界観からクリエイターとのコラボレーションも行う。2018年に結成20周年を迎え、海外公演や日本武道館公演を含むツアーを完遂。2019年には12枚目のオリジナル・アルバム『カルペ・ディエム』を発表。2020年10月、住野よるとの"小説×音楽"の新感覚コラボ作品となるEP『この気持ちもいつか忘れる』を配信した。12月6日には自主企画"マニアックヘブンVol.13"を配信にて開催する。

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