THE BACK HORN 松田晋二の"宇宙のへその緒"【第三十七回】

2024年06月号掲載

THE BACK HORN

第三十七回「覚悟」

三年生の引退がかかった最後の公式戦が始まった。同じ郡内の相手とのトーナメント戦。負ければ終わりの一発勝負。三年生達が普段からどんな気持ちでどれくらいこの最後の試合に向けて練習してきたかは分からないが、もういつものようにサッカーができなくなるというのはきっと想像できないくらい寂しいものなのだろう。この試合の数週間前から一気にギアの入った練習に変わったことで、下級生含め皆んなが三年生のその気持ちを感じ取っていたと思う。しかし、純粋に強くなりたい、上手くなりたい、勝ちたい、という気持ちが強ければ、本当は日頃からもっと真剣に熱い練習ができていたはずだ。部活とは名ばかりの暇つぶし程度の活動じゃきっと急には強くはならないだろう。最後の悪あがきのように急に練習にスイッチが入っても試合に勝つ事は難しいだろう。生意気にも自分はそんな冷めた気持ちを抱えながら練習に取り組んでいた。そして今もそんな気持ちでベンチからその戦況を見守っている。案の定、試合は押され気味な展開で守りの時間が増えている。そして、前半始まって間もなく失点を喫す。

その後も何度かピンチを迎え、前半終了前には3点のビハインドを負った。ハーフタイムになる前に監督から声がかかった。「後半出るかもしれないから気持ちを整えておけ。」やっぱりか。確かに3失点のうちキーパーが防げるものもあったと思う。だけどこれは三年生の最後の大会。最後まで三年生だけで戦ってもいいんじゃないか。そう思っていた。もう少しで前半が終わりそうなころ、ボールが外に出たタイミングで監督から交代の指示があった。まだハーフタイムにもなる前に、しかもフィールドプレイヤーよりも先にキーパーが交代するという珍しい選手交代だった。周りの観客や相手チームの選手達もざわついている。何より今まで一緒に練習をした三年生のキーパーが驚いている。その表情には怒りも含まれている。屈辱的な交代。その三年生は自分がフィールドに入る真ん中のラインまで来ることはなく、自分の背負ったゴールの後ろから不貞腐れるように出てベンチに戻っていった。そしてベンチに戻るなり、転がっていたボールを蹴り上げて怒りをぶつけていた。それはそうだと思う。自分が逆の立場でもきっと同じ気持ちだろう。「あとはお前に任せた！」なんてそんな青春ドラマみたいな会話を交わせる訳がない。本人は相当悔しいだろう。だけど、託されたからにはどんなことがあっても守り切る。0点に抑えて攻撃のチャンスを待つ。変わったキーパーの先輩の為にも。きっと他の三年生は監督に早々と失点したら、キーパーを変えてくれと監督に伝えていたに違いない。だからこんなタイミングでの交代のはずだ。そんな信頼してくれた三年生の引退を先延ばしにする為にも何がなんでも守り切る。

ベンチで観ていた時の勝てるはずがないなんて冷めた気持ちはどこかに消え、今は選抜大会よりも何の試合よりも集中している。熱い想いが胸に込み上げてくる。武者震いが止まらない。ゆっくりと深く呼吸をしながら自分のペースでゴールマウスまで向かった。それは自分なりの意図した演出だった。まずは時間を作ることで押されている流れをリセットできる。そして何か凄いヤツが入ってきた感を漂わせることで、相手チームに少しでも警戒心を与えることができる。今までとても怖かった先輩達がすれ違い様に「お前に任せたぞ」「頼んだぞ」と頼もしい声をかけてくれる。ゴール前に着いて、キーパーグローブを思いっきりパンパンと二度鳴らした。再開のホイッスルが鳴る。「さあこっからいくぞー！」驚くほど大きな声を張り上げている自分がいた。覚悟は決まった。あとは全神経を集中させる。それだけだ。
<つづく>

THE BACK HORN

1998年結成。＂KYO-MEI＂をテーマに、聴く人の心を震わせる音楽を届けていくという意志を掲げる4人組ロック・バンド。2001年、メジャー1stシングル『サニー』を発表。以降、そのオリジナリティ溢れる楽曲の世界観からクリエイターとのコラボレーションも行う。2023年に結成25周年を迎え、6月にリアレンジ・アルバム、10月にシングル、12月にライヴ・セレクション・アルバムの"Digital Edition"を配信。2024年3月には同作の"Package Edition"をVICTOR ONLINE STORE限定で発売し、パシフィコ横浜公演を開催。7月に対バン・ツアー、日比谷公園大音楽堂公演を行う。

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