THE BACK HORN 松田晋二の"宇宙のへその緒"【第三十六回】
2024年04月号掲載
第三十六回「自責」
自分の思うようには世界は動かない。それを味わう事が大人への一歩ならば、この中学生活で過ごした大半は、その後の人生のどんな経験よりも、強烈で決して消える事のない苦味を刻まれた時間だったに違いない。無邪気なままぬくぬくとした家庭で育った自分が、人と関わりながら知る厳しい上下関係や、力のあるものに逆らわぬように、上手く溶け込みながら自分を押し殺して生きていく砂を噛むような歯痒さ。そのギャップの中で、見失ってゆく自分自身の存在。くだらないと思いながらもそこから逃げる事もできない弱さ。家族も裏切れず、学校でも吐き出せず、心の中に渦巻いてゆくどす黒い感情さえも、誰のものなのか分からぬまま日々時間が過ぎてゆく。ほんのり残る家族という甘い香りでさえ残酷に感じてしまうほど、大人になるという事は苦々しく、何かを失いながら生きていく事なのだろうか。中学二年生になる頃、学校生活での一個上の先輩からの風当たりは更に厳しく、仲間同士の関係性のシビアさも増してゆく。渦巻いた行き場のない感情を唯一放出する事ができる部活動では、三年生が夏の最後の試合に向けて以前よりも本気で取り組む姿勢へと変化していた。先輩達にも勝負に勝ちたい、少しでも長くサッカーを続けていたいという想いがあるんだと、熱のこもった練習からひしひしと伝わってきた。
そんな中で、一緒に練習に取り組む先輩ゴールキーパーが、仲間から厳しく言われる場面が増えていった。先輩たちの気合いに引きつられるように自分もがむしゃらにプレーをすればするほど、どうやらそれが結果的に先輩ゴールキーパーと自分とどちらを試合に出すのか、という構図を作り出してしまっていたようだった。でも自分は、先輩ゴールキーパーと練習をしている時間が好きだった。たわいもない話をしたり、キーパーという責任感が重くのし掛かるポジションの中で、お互いその気持ちを分かち合えているような感覚で嬉しかった。そしてその先輩は自分の命を救ってくれた恩人でもあった。まだお互い小学生だった頃、たまたま夏に行った川遊びで、自分が川の深みにはまって溺れてしまった時、体を投げ打って助けに来てくれたのがその先輩だった。人生で数度だけある、あ、このまま死んでしまうかもしれないというような、命の危機から救ってくれた。沈み込んでゆく体と遠ざかる意識の中で、なんとかしがみついた先輩の体。気がつけば河岸で自分を覗き込んでいたあの表情。泣きながら何度もその先輩にありがとうと伝えたあの記憶。そんな先輩の最後の試合に自分が出る可能性がある。しばらく練習を休もうかと考えた。いや、そうなると先輩の練習相手がいなくなる。目立たないプレーをする方がいいか、いっその事自分が怪我をしてしまえばいいのか、何とも答えの出ない悩みが付き纏いながら、試合に向けての練習の日々が続いた。
そして、どちらが試合に出るかははっきりしないまま三年生の最後の大会の日を迎える事となった。顧問の先生はサッカーの経験もなく、選手たち自身にメンバーやポジションを決めさせる方針だった為、チームのキャプテンがスターティングメンバーを発表する。背番号順だとゴールキーパーは一番最初に呼ばれる。キャプテンの口から発せられたのは、自分ではなくその先輩の名前だった。良かった。ほっとした。ただ、その安堵は、複雑な気持ちの中でどうプレーしたら良いか分からないでいた自分に対するものだった。最後に試合に出て欲しかった先輩に対する想いではなく、自分が責任感から逃れられた安堵。結局、自分が傷付きたくなかっただけだ。ぐるぐると湧き上がってくる自責の念をよそに、会場には試合開始のホイッスルが鳴り響いた。
〈つづく〉
THE BACK HORN
1998年結成。"KYO-MEI"をテーマに、聴く人の心を震わせる音楽を届けていくという意志を掲げる4人組ロック・バンド。2001年、メジャー1stシングル『サニー』を発表。以降、そのオリジナリティ溢れる楽曲の世界観からクリエイターとのコラボレーションも行う。2023年に結成25周年を迎え、6月にリアレンジ・アルバム、10月にシングル、12月にライヴ・セレクション・アルバムの"Digital Edition"を配信。2024年3月には同作の"Package Edition"をVICTOR ONLINE STORE限定で発売し、パシフィコ横浜公演を開催。7月に対バン・ツアー、日比谷公園大音楽堂公演を行う。
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