THE BACK HORN 松田晋二の"宇宙のへその緒"【第六回】
2019年04月号掲載
第六回「勝負」
高鳴る心臓を鎮めるように息を大きく何度も吸った。ベンチへ戻りPKを蹴る選手の名前が呼ばれる。初試合で初PK。よしよし、きたぞ。一本でも止めればヒーローだぞ。緊張とワクワクとドキドキが全部混ざったような震えが襲う。蹴る順番が決まり、審判のいる片方のペナルティエリアまでみんなで歩いていく。味方の選手も言葉数が少ない。とにかくやるしかない。あんなに試合中、止めたい止めたいと願ってたじゃないか。遂にそのシーンが来たんだ。プロの試合を観ていた知識では、キッカーが蹴ると同時にキーパーは左右どちらかへ飛んでいた。あらかじめ蹴る方を予測して蹴ると同時に飛ぶ。そして読みが当たったら目一杯手を伸ばしてボールに触る。それが僕が観たPKでキーパーがシュートを防ぐシーンだった。
先攻は相手チーム。いきなり自分がゴールを守る番だ。監督やチームメートも「取れるぞー」と声をかけてくれている。きっと大丈夫。飛び方は頭に入っている。蹴る瞬間にどちらかに飛ぶだけだ。相手のキッカーが助走をとる。ゴールライン上に立ち手を広げる。心臓は最高潮に高鳴る。審判の笛が鳴った。大きく息を吸う。キッカーが走り込んでくる。ボールの横にキッカーが足を踏み込んだ瞬間、僕はキッカーに向かって左側に飛び込んだ。よし!来い!すると、ボールは目線から離れていく。ボールは真逆に飛んでいってゴールネットを揺らした。しまった。逆をつかれた!でも、あれ?イメージしたよりもボールが遅い。何度もビデオで観たプロの選手の感覚と全然違っていた。「どんまいどんまい!」仲間から声が届く。よし次こそは止めてみせる。少し緊張もほぐれリラックスしてきた。続いてこちら側のキック。何とか入れてくれ。ゴール横から祈るように戦況を見つめる。ネットが揺れる。よっし、入った。相手のキーパーが悔しそうにこちらに歩いてくる。入れ替わるようにゴールマウスに向かって歩く。次はどちらに飛ぼうか。左か右か。さっきが左だから次は右に飛ぼうか。いや次こそは左に蹴ってくるかも。迷いながら、ゴールラインに立って構える。よし、次も左だ。来い!相手の助走が詰まる。踏み込んだ、左に飛ぶ。あれ。弱いシュートが真ん中にコロコロ転がって入った。やられた。またしても止めれなかった。悔しい。その後、味方のシュートが二本ほど止められた。最後僕が止めなければ負ける。次も、飛んだ方向と逆にボールは転がり、結局一本も止めれず試合は終了した。
キーパーでの初の公式戦は悔しい負け試合となった。試合が終わり、止めれなかった責任を感じながら項垂れてベンチに向かう途中、仲間の選手の何人かが話していた。「あれさー、わざとボールと反対に飛んでない?」、「打つ前に飛んでたよね?」、「余裕で入れられちまうべ。」悔しい......。キーパーだけの責任じゃないのに。じゃあ外した2人はどうなるんだ。ちくしょう。言葉にならない悔しさを心の中で噛み締めた。その後、監督はまあPKは仕方ない。でも良い試合をしていた、とか当たり前の慰めをして、軽い反省会を済ませて帰宅する事になった。夕方になり小雨が降ってきた。雨はいつもより冷たく身体を濡らした。でも涙は出なかった。俺は悪くない。俺の責任じゃない。自分にそう言い聞かせた。帰りも行きと同じように、有志の親達の車にそれぞれ乗って帰路に着く。帰りは、父親の車に乗っていた仲間も避けるように違う車に乗り、行きとはまた違うメンバーで帰路に着いた。行きの遠足のようなワクワクした車内とは別物の重い空気を乗せた車は暗い道をただただ静かに走っていった。帰りの途中、親達がみんなでラーメンでも食べて帰ろうとチェーン店のラーメン屋さんに寄って食べたラーメンの味も覚えていない。いつもよりも口数の多い父親の下手くそな笑い顔だけが冷たい雨の夜の景色に重なり薄っすらと脳裏に焼き付いている。
後日、父親が撮っていた試合のビデオを観た。何も悪くはないとむしろ負けを他人のせいにしていた自分は映像を観て真っ青になった。PK戦、全部見事に先に動いて倒れている。しかもシュートは全然強くない。動かなくても止めれるレベル。試合後、味方の誰かが言ってた通りだ。これじゃどれだけ下手なキッカーでも動いた逆に蹴れる。しかも相手のキーパーが二本止めたシーンは、じっくり最後まで見極めて反応して止めている。あー、やってしまった。プロの試合を観てるから大丈夫とか格好から入ってるだけで何にも力を出せていなかった。いや、きっとビビって先に動いていただけだ。バカだった。自分を責めた。物凄い後悔が押し寄せてきたと同時に思った。もっともっと練習しよう。
THE BACK HORN
1998年結成。"KYO-MEI"をテーマに、聴く人の心をふるわせる音楽を届けていくという意志を掲げる4人組ロック・バンド。2001年、メジャー1stシングル『サニー』をリリース。以降、そのオリジナリティ溢れる楽曲の世界観からクリエイターとのコラボレーションも行う。2017年、2枚目となるベスト・アルバムをリリース。2018年に結成20周年を迎え、3月にミニ・アルバム『情景泥棒』を、10月にはインディーズ作品の再録アルバム『ALL INDIES THE BACK HORN』を発表した。2019年2月8日に3度目の日本武道館公演を敢行。6月にはACIDMANとストレイテナーとの東名阪ツアー"THREE for THREE"を開催する。
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