THE BACK HORN 松田晋二の"宇宙のへその緒"【第十七回】
2021年02月号掲載
第十七回「終宴」
試合が終わると、ホームグラウンドである自分達の校庭の片付けが始まった。夕暮れ前に、手伝いに駆けつけた親や先生達とゴールを移動したり、荷物を広げていたブルーシートを畳んだり、戦った他のチームを見送りながら、賑わったサッカーグラウンドはまたいつもの校庭へと姿を戻していく。試合結果は、1勝2敗で4チーム中3位だったものの次の大会へは進めず、ここで小学生年代の公式戦は全て終了となった。毎年、この大会の後に勝っても負けても納会というのをやるらしく、選手と親と監督、と言っても学校の先生だが、みんなで集まり豚汁を食べながらチームの最後を労う会が始まる。試合の片付けをしている間に調理班の親達は大鍋で豚汁の仕込みが進む。小さな町なので、肉屋から八百屋から酒屋から鍋やガスコンロを用意する業者まで、親達やその知り合いで全て揃ってしまう。これが例えば都会のチームだったら場所を移動してお店でやるとかになるんだろうけど、焚き火をしてみんなで温まりながら、寒空の下、豚汁を食べるというのは今思うととても贅沢な体験だった。焼いたソーセージや焼きそばなんかもあった。子供達にとっては普段食べれないご馳走ばかり。ちょっとした祭りだ。もちろん、うちの親達も参加していた。火をおこす為の薪なんかはきっと材木屋であるうちの工場から持ってきたのだと思う。こんなに楽しい時間があるなら、試合どころではなくなってしまう子供達がいてもおかしくないくらい、悔しさも辛さも疲れもどこかへ行ってしまうような、そんなわくわくする時間が始まろうとしていた。この納会以外にも、親達の協力でチームは成り立っていた。試合では車を出し合い、グラウンドの設営なんかも手伝ってくれていたのだと思うと、好きな事に夢中になれる環境の有り難さが今になると良く分かる。うちの父も凄く協力的で、兄のサッカーの試合も、後に甲子園を目指した弟の野球の試合にも積極的に応援や手伝いに協力していた。そして、自分の記憶で一番残っているのが、真夏の対外試合の時で、例によって父が車を出してくれて試合も一緒に観ていた。炎天下の試合の中、昼食の時にやっと水分を取れると、バッグを開いた時に持ってきたドリンクがお湯のように温まってしまっていて、それを飲んだら余計に喉が渇き、地獄のような思いをした。その事を父に伝えると、自販機で買った自分用のポカリスエットを笑いながらくれた時の映像が今でも忘れられない。試合前日に、普段はお菓子やジュースなどあまり好きな物を買ってくれなかった母が、スーパーで明日は試合だからと何でも好きなドリンクを買っていいと言ってくれたので、普段飲めない瓶に入った梅の炭酸ジュースを持ってきたのが失敗だった。あの時のポカリの味は本当に美味しかった。飲みながら父の方を見ると、また笑いながらアルミホイルに包まれたおにぎりを頬張っていた。その切ない光景を大人になって何度も思い出した。共働きの父と母とは平日ほとんど話す事はなかったので、父はあまり子供に興味がないと思っていたが、せっかくの休みに子供のスポーツに協力してくれた所に、普段接せれない申し訳なさみたいのもあったのかなと今になると思う。
いよいよ試合の片付けも終わり、豚汁も出来上がり冬の薄暗い校庭で納会は始まった。普段はあまり子供たちとも話さない監督の先生も、あそこが良かったとか、あの試合はもう少しやれたとか話しかけている。大人達も、普段家では見せないであろう少し気を使った仕草で先生達を労っている。何とも微笑ましい時間だった。缶ビールを飲みながら大人が大人にお酒を勧めている。どうして、大人はお酒を勧めるのだろう。子供の頃、こうした集まりやキャンプの時にいつも疑問に思っていた。周りで早くも中学校に向けてサッカーをやるかやらないかみたいな話をしている親子もいる。中学に入るといろんな小学校から生徒が集まってくるので、また違う仲間達とサッカーをする事になる。僕は、芽生え始めたこのサッカーに対する、いやキーパーに対する思いを何としても中学で突き詰めてプレイや結果として発揮したかった。ある意味退屈だった少年の心にひとつ明かりが灯ったような感じだった。そして、見守ってくれた親たちへもっと活躍する姿を見せたいという想いも湧きあがっていた。中学からまた三年間、新たなサッカーとの時間が始まっていく。どうなるのだろう。楽しみと不安。豚汁とビール。寒さと焚き火。親たちと先生。そこにいる子供達。退屈で何もなかった日常の中で、特別な冬の宴は、少しだけ夜を長く感じさせて続いていた。
<つづく>
THE BACK HORN
1998年結成。"KYO-MEI"をテーマに、聴く人の心を震わせる音楽を届けていくという意志を掲げる4人組ロック・バンド。2001年、メジャー1stシングル『サニー』をリリース。以降、そのオリジナリティ溢れる楽曲の世界観からクリエイターとのコラボレーションも行う。2018年に結成20周年を迎え、海外公演や日本武道館公演を含むツアーを完遂。2019年には12枚目のオリジナル・アルバム『カルペ・ディエム』を発表。2020年10月、住野よるとの"小説×音楽"の新感覚コラボ作品となるEP『この気持ちもいつか忘れる』を配信した。
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