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INTERVIEW

Japanese

THE BACK HORN

2021年12月号掲載

THE BACK HORN

Member:山田 将司(Vo) 菅波 栄純(Gt)

Interviewer:石角 友香

コロナ禍が続く今年、これまで開催できなかった約1年越しの『カルペ・ディエム』のツアーや、東日本大震災から10年を経て、当時制作した『リヴスコール』全楽曲を、ストリングスを従えたライヴで表現するなど、精力的に動いてきたTHE BACK HORN。楽曲としては「瑠璃色のキャンバス」、パッケージCDとしては2017年の『孤独を繋いで』以来となるシングル『希望を鳴らせ』をリリースした。その率直なタイトルとタイトルに違わない躍動するサウンドとビートには、彼らがこの時期のライヴで実感してきた思いがそのまま落とし込まれ、今後のライヴへの期待が高まる。作詞作曲をそれぞれ担当した菅波栄純と山田将司に今の思いを訊いた。


有観客が許されて、来てくれるお客さんの覚悟みたいなのを感じると、相当信じてくれてるんだなっていうのをいつも以上に思う


-今回は12月掲載なので2021年を振り返っていただきつつシングルのお話も聞ければなと。今年はどういう計画があって進んできたんですか?

菅波:2020年にやれなかったことが2021年にずれ込んだというのが結構大きい。緊急事態宣言後、初めて有観客のステージに立ったときとか、どうだった?

山田:有観客の初は1年前の"マニアックヘブン(マニアックヘブンVol.13)"か。コースト(USEN STUDIO COAST)で(ファンクラブ会員を対象に)500のキャパでやって。初めての経験だったのもあり、お客さんも戸惑ってるのをちょっと感じました。着物で来てる方がいて、普通のライヴだったらなかなか来れないだろうって(笑)、それが逆にこういうときしか見られない景色だなと感じましたね。

菅波:(ライヴ中)将司はガーって前のめりになるじゃないですか? リハで"ほんとにここから(前には)出ないでください"って何回も注意されてて(笑)。

-私は配信で観たんですが、"鰰の叫ぶ声(9mm Parabellum Bulletとの混成バンド)"の人見記念講堂のライヴも凄まじかったし。

山田:あのライヴも"荒吐(ARABAKI ROCK FEST.)"でやれなかったことを1年後にできたみたいな感じだったから。

菅波:流れ的には壮絶だよね。先送り、先送りになっていって、東京公演ではもともと"荒吐"のアンコール的な意味合いだったのが、先に開催になったし。

山田:そんななか、有観客が許されて、来てくれるお客さんの覚悟みたいなのを感じると、相当信じてくれてるんだなっていうのをいつも以上に思いましたね。

-今回のCDに付帯する、新木場USEN STUDIO COASTでの"「KYO-MEIワンマンツアー」カルペ・ディエム~今を掴め~"の映像を俯瞰で観ると、お客さんの間隔も空いてて。人って間隔が空いてると自分なりのノリ方をするんだなという発見がありました。

菅波:"観やすい"ってことを言ってくれる人もいますね。まぁ、俺たちが安心するように言ってくれてるんだと思うんですけど、たしかに自分なりの動きみたいなの開発できそうだね。

-約1年半越しの『カルペ・ディエム』(2019年リリースの12thアルバム)のツアーだし、ライヴにひとつのストーリーがあって。

菅波:うん。その間にコロナ禍があって配信ライヴが増えたというか、俺たちも一発目("KYO-MEI MOVIE TOUR SPECIAL -2020-(スタジオ編)")をやったじゃないですか。それを経て、演奏面でも結構、変わったというか、進化してた部分もあったので、タイトな演奏ができた気はしていて。そういういい部分もあると光舟(岡峰光舟/Ba)がMCで言ってたんです。つらかった思い出だけじゃないと言ってましたね。

-その後『リヴスコール』(2012年リリースの9thアルバム)を、ストリングスを招いての形で演奏するライヴ("「KYO-MEIストリングスツアー」feat.リヴスコール")も発表されて。『リヴスコール』というアルバムに特化したライヴをあの状況でできる、ストリングスのみなさんも曽我(淳一)さんもすごいなと思ったし。

菅波:いや、心強かったね。"ちょっと難しいですね"って言われてもおかしくないタイミングでは全然あったし。

山田:俺らも震災から10年で、このアルバムをもう1回やる意味は感じてたし。それをただやるのもなっていうのもあって。ちょうどこういうご時世だし、ストリングスでお届けする感じもまたいいんじゃないかと。

-コロナ禍のせいだけじゃないけど、震災から10年経って音楽やイベントだけじゃなく、他にもいろいろな試みが大々的にできなかったんじゃないかと思われるなかの開催で、意義は深かったと思います。

山田:許される場所があるから、この10年経って、別に俺たちがやることで何か解決されるわけじゃないけど、振り返ってこの音楽が届けられる場所をもう1回みんなと再実感したいという気持ちですよね。

-そのライヴのためにもう1回楽曲と演奏に向き合うわけだから、大きいですよね。

菅波:結構新鮮というか、『リヴスコール』に収録されていて、ツアーでしかやってなくて、なおかつストリングス・アレンジにした曲、「グレイゾーン」とかは楽しかったですね。曲が身体に染みついてないんで、大変だったんですけど、その曲にストリングス・アレンジを加えるってなかなかないというかね。シングルたちだったら優先的にそうなることもあるけど、「グレイゾーン」をやれたのはちょっと楽しかったな。でも全曲に愛着はあるので、フィーチャーしたいというのは常にあるから。あと単純に、その震災から10年というメッセージを伝えられた喜びと別に、"マニへブ(マニアックヘブン)"的な喜びかもしれないけど、『リヴスコール』に光を当てられたのが嬉しかった。「超常現象」も久しぶりに演奏して、改めてかっこいいなと思って。

-そしてコロナ禍とはいえ精力的だった2021年の最後の月にシングルがリリースされます。昨年10月の住野(よる)さんとのコラボ作品(配信EP『この気持ちもいつか忘れる』)があったので、そんなに作品が空いた感じではない?

菅波:空いた感じは全然しないね。

-これは山田さんのデモからですか?

山田:デモからです。今年の夏前くらいですかね。ストリングスのツアーが終わったぐらいから作り始めて、メンバーと"どういう曲を作ろうか"と話をしてるときに、ストレートなバックホーン(THE BACK HORN)、"バックホーンってこれだよな"という感じの曲を俺が作ることになって。

-バックホーンって最近、いろんなイメージがあって。

山田:そうなんですよね、俺も今そう思った(笑)。カップリングの曲でも"あ! これバックホーン"って感じ(笑)。いろんな側面があるけど、この曲に関しては昨今のライヴの最後のほうにやるくらいのど真ん中さ、そのあたりをイメージしました。

-やはりこれは今じゃないと出てこないのかなと思って。

菅波:昨年6月に配信リリースした「瑠璃色のキャンバス」がイレギュラーというか、コロナ禍があって、そのなかで"早く曲を作りたい"という熱量で生まれてきた、将司がきっかけの曲なんです。だから、シングルを出そうという話になって一発目を考えてた時点で、コロナ禍を経て思ったことを書かないでどうするんだって空気は自分たちの中に実はあって。あと、バックホーンのライヴに来て拳を上げてるときの気持ちみたいなのを、彷彿とさせるような音楽にしなくてどうするんだ、という熱いものも俺ら全員にあったんです。それでこういう曲調と歌詞に向かって行った感じがしますね。

-コロナ禍が始まった頃は混沌としてることを正直に出してる人もいたと思うんですけど、この曲はもうちょっとその先を見てる印象を持ちました。

菅波:ほんとに1ヶ月単位で状況が変わっていったじゃないですか。何を言うべきかみたいなことも、アーティスト側もすごく悩んでたし。SNSに何書くか? ぐらいのところまで、"そこまで俺は責任背負わなきゃいけないのか?"というくらいで、ペンを持つのに苦悩してた。まぁ、俺はアホみたいなことばかりツイートしてましたけど(笑)。それはそれでひとつの覚悟があっての道ではあるんです。だけど、この年末に出すものとして、ドロドロしたことを書くのもありなのかなって話も出たんです。でも、それはもう背面にあるものとして、踏まえてもらえばいいんじゃないのかなっていう気もしてて。ドロドロしてたりネガティヴなことだったりというのはもう全員味わってる前提で、"希望を鳴らせ"ということを言うのが一番正しいのかなって、歌詞を書くときに自分の中で思ったんです。だからほんとにそこだけ、希望を鳴らせって伝えることに特化した曲ですね。

-菅波さんのSNS上での振る舞いにも覚悟が出てますよ。

菅波:そうですか(笑)? バカみたいなツイートしかしてないけど。