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INTERVIEW

Japanese

優利香

2021年03月号掲載

優利香

Eggsプロジェクト

Official Site

インタビュアー:秦 理絵

神戸出身のシンガー・ソングライター、優利香がリリースする初の全国流通盤『Newestrong』には、"強く生きていきたい"という想いが全5曲に貫かれている。2014年に活動をスタートさせ、昨年10月には関西で人気の朝の情報番組"おはよう朝日です"のテーマ・ソングに大抜擢された優利香。その歌は寄り添うのではなく、夢や目標に向かって邁進するひとりひとりの人生に向けて、それぞれが自分の足で歩く力を後押しする。厳しくも優しい、そんな歌詞で注目を集める優利香の歌はいかに生まれるのか。話を訊いた。

-『Newestrong』を聴かせてもらって、生きることとか、どういう自分になりたいか? ということに対して、とても真面目に考える人なんだろうなと思いました。

よく言われます。真面目とか素直とか......あと、猪突猛進とか。"イノシシみたいやな"って。これ、悪口ですよね(笑)。自分ではよくわからないんですけど。一個一個考えすぎちゃうところがあるんやなっていうのは短所でもあり、長所でもあるんやろうなと思いますね。

-じゃあ、『Newestrong』で見えてくる人物像は優利香さんそのものですか?

ほんまに私そのものです。自分が夢を追うなかで感じてきた想い、悔しさ、それでも頑張るぞっていう気持ちが全部まっすぐな言葉で詰まってるのかなと思います。

-優利香さんの夢というのは、音楽で生きていくことだと思いますけど。そもそも音楽を始めるきっかけはなんだったんですか?

小学校のときからいろいろな音楽を聴いてきたんですけど、中学、高校時代にSPYAIRやUVERworldを聴いたときに、"こんなにかっこいい曲を自分で作ってる人たちがいるんや"って衝撃だったんです。そういう曲を自分も作りたいと思ったのがきっかけですね。それで、高校卒業後に専門学校に行くことにしたんです。

-中学、高校のときに何か音楽活動はやっていたんですか?

全然音楽はやってなかったんです。焼肉屋さんでバイトばっかりやってて(笑)。少しだけボイトレをやってたぐらいですね。で、進路どうする? ってなったときに、やりたいことが音楽しか考えられなくて。日常じゃない違う世界に行ってみたかったんです。

-専門学校でバンドを組もうと思ったりは?

やろうとも思ったんですけど、同期の学生たちが金髪とか、赤髪とかばっかりやって。怖かったんですよ(笑)。これは無理やと思って、ひとりでやることにしました。

-シンガー・ソングライターの音楽も聴いてはいたんですか?

YUIさんをよく聴いてましたね。かっこいいなと思って憧れてたんです。

-初めて曲を作ったのも、専門学校に入学してからですか?

そうです。授業で教えてもらって、"あ、こうやって作るんや"って知っていったんです。周りには学校に入る前からギターをやってる人もいたけど、私はギターのコードとかも全然知らなくて。ほんまに0の状態やったから、コード進行とかトニックとか言われても、最初は意味わからへんって感じでしたね(笑)。

-ギターとか曲作りとかって、独学で始める人も多いですからね。

そうなんですよ。だから友達が難しいコードを使ってたら、逆に簡単なコードでやるぞ、みたいな感じで曲を作るようになったんです。もともとバンドが好きだし、バンドの曲はループのコードが多いから、そっちのほうが自分の好きな音楽が作れたんですよ。

-世にある名曲はシンプルなコードが多かったりもしますし。

Michael Jacksonのコード進行を調べてると、2個ぐらいしかない曲もありますもんね。"これで曲が作れるんだ"って驚かされるような。

-それは今曲を作るときにも意識してるんですか?

今は少し変わってきましたね。同じコードが好きやからっていう理由で何度も使いがちになってしまうから、広がりを出すために理論とかも大事やなと思ってます。

-当時作った曲で、今も歌い続けてる曲はありますか?

今回の『Newestrong』に入ってる「escape」は専門学校時代に書いた曲です。学生っぽいまっすぐな曲になってて。周りの子がどんどん前に進んでたり、すごい先輩がたくさんいたりするなかで、私は賞も獲れへんくて、全然認められへんなって悔しい想いをしてたときに、この場所から脱出したいと思って書いた曲なんです。ライヴではあんまりやってなかったけど、今回のアルバムを作るってなって、一番原点の曲を出せたらなと思って入れました。過去に会場限定盤(2015年リリースの5曲入りCD『escape』/2016年リリースのアルバム『夢デハオワラナイ。』/※共に現在は完売)には入れてたんですけど、新たにアレンジしなおしてます。

-アレンジはどういうふうに変わったんですか?

最初に出したときはバンドっぽいサウンドだったんですけど、今回は、3月1日に開催するBIGCATのワンマン・ライヴ("優利香 Oneman Live 優利香巨大化計画~おはよう!眩しい未来です!~")をイメージして、壮大なバンド・サウンドにしたいなと思ったんです。シンセや、ストリングスを多めに入れてもらってますね。

-今の優利香さんが立つステージに合わせてブラッシュアップされてると。

はい。人生で何曲目かで作った曲なので、それが初の全国流通盤に入るのは嬉しいです。

-話を戻しますけど、専門学校卒業後に、シンガー・ソングライターとして本格的に活動をスタートしていくことになって。新人オーディションにも積極的に応募してたんですね。

チャレンジしてきましたね。学校にいたときは、その繋がりでライヴハウスに出るっていうコミュニティがあったんですけど、卒業したら完全にひとりきりになったので。いろいろな人と繋がりたかったんです。オーディションは力試しになるし、関西のオーディションでファイナルにいくっていう憧れもあったので、いろいろ挑戦してました。

-中でも、FM802とグランフロント大阪が主催する新人応援プロジェクト"MUSIC BUSKER IN UMEKITA"で、公認アーティストに選ばれたのは大きかったみたいですね。

うめきた広場でライヴができるライセンスを得られるプロジェクトですね。学校を卒業したその年に何もない状態のときに参加したんです。うめきた広場っていうのは、JR大阪駅と直結してて、駅を歩いてるだけで歌声を聴いてもらえるような場所なんですよ。高校のときに大阪に来てから、"いつかここで歌えるようになりたい"と思ってて。でも、すごくハードルが高いから、専門学校のときは絶対そこに行けないなって自分でもわかってたんです。卒業後に挑戦したら選んでいただけたので、ひとつ自分を認めてくれるバッジを貰ったような感じでしたね。

-うめきた広場で歌うようになったことで変化はありましたか?

そこで初めて観てワンマン・ライヴにも来てくれるようになった人が増えたことですね。ストリート・ライヴをやり始めのころは、ひとりでやる勇気もなかったし、お客さんもひとりとかふたりしかいなくて、"やってる意味あるのかな?"って思ったりもしてたんですけど。ストリート・ライヴを始めて半年後に名古屋に行ったときに、"大阪のストリート・ライヴを観て、来たんです"って言ってくれた人がいて。"あ、意味はあったんや"と。ストリート・ライヴはそういうのをあとから感じることが多いですね。

-専門学校に入ったときは、音楽で生きていくんだっていう志があったと思いますけど、活動から6年が経って、一歩一歩進めているなという実感はありますか?

地道にワンマン・ライヴをやって、オーディションを受けて、自主でCDを出してっていう、同じことの繰り返しだったなと思うんですよね。去年、"おはよう朝日です"のテーマ・ソングに決まったことで大きく変わった部分もありますけど、それまでは、一歩一歩進んではいるんやろうけど、自分が思い描いていた理想像とは全然違って。本当は23歳ぐらいまでにはビッグになってるんだっていう気持ちでやってたんですけど(笑)。あれ? 同じことばっかり繰り返してる、何やってるんやろう? って思うことが多かったですね。

-でも話を聞いてると、同じことの繰り返しに見えるけど、実は同じじゃない経験を積み重ねてきたんだと思いますよ。

自分では進んでないように感じるだけなんですかね?

-うん。専門学校時代には無理だと思ってたバスカーのオーディションに挑戦できたり、最初は勇気が出せなかったストリート・ライヴにも意味を見いだせるようになったりして。ちょっとずつだけど、確実に進んできたんだろうなって思いますけど。

言われてみると、たしかにそうかも。行きたかった場所に行けたっていうときは"あ、すごい"って思うんですけど、またちょっとしたらそれが普通になって、"全然ダメだ......"みたいなのが更新されていっちゃうんですよね。

-今作に収録されてる「勇者」の冒頭でも、"高め合う事に一心不乱"って歌ってますけど、優利香さんって、まさにそのとおりの感じで生きてるんですね。

本当ですね(笑)。