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INTERVIEW

Japanese

BRADIO × Skream! × バイトル

2018年08月号掲載

BRADIO × Skream! × バイトル

メンバー:真行寺 貴秋(Vo) 大山 聡一(Gt) 酒井 亮輔(Ba)

インタビュアー:杉江 由紀 Photo by 大木 優美

ファンキーでパンチの効いたBRADIOの音世界は、彼らのプロフェッショナルな意識に下支えされていると言っていいだろう。そして、そこには意外にもBRADIOの面々が経験してきたアルバイト経験から得た教訓が生かされているというではないか。ここではそんな彼らが実際に励んできたアルバイトにまつわるエピソードを、日本最大級のアルバイト求人サイト"バイトル"とSkream!による"激的アルバイトーーク!"企画のドリームバイトとして選ばれた菅 加奈子さんにもご協力をいただきながら、じっくりと探っていきたい。音楽とアルバイトの相関関係とはいかに? また、最後にはなぜか全員での物販企画会議にまで発展した今回のインタビューは必見必読! ここでしか読めないレアな内容をお楽しみあれ!

BRADIO × Skream! × バイトル
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-BRADIOのみなさんが初めて経験されたのはそれぞれどのようなバイトだったのでしょうか? 今回はまず、そこから教えてください。

真行寺:僕は新聞配達です。高校1年生のとき、夜中の2時に起きて自転車で団地を回って階段を上り下りしながら配る、というのをやってました。

-新聞を大量に積んだ重い自転車を駆りながら、階段の上り下りまでするというのは体力的に相当ハードそうですね。

真行寺:まぁ、つらいのはつらかったですけどね。でも、その新聞配達以降もバイトというと僕はわりとガテン系の仕事をすることが多かったんですよ。

-そもそも、真行寺さんはなぜアルバイトを始めるときに新聞配達のお仕事を選ばれたのでしょうか?

真行寺:友達が先にやっていたからです。友達の紹介だと、履歴書とかも書かなくていいっていうことだったので、すぐ仕事をできるのはいいなと思ったんですよ。僕、いろいろと面倒くさいのは嫌なんです!

大山&酒井:(笑)

-ただ、夜中の2時に起きてそこそこの重労働をして、そのあとさらに学校にも行かなくてはならないわけですよね。両立は難しくありませんでしたか?

真行寺:そこは毎日バイトをしていたわけではないんで、大丈夫でした。週3くらいだったかな? でも、とりあえず新聞配りをした日は学校で授業中にいつも寝てましたね(笑)。

-では、大山さんが初めて体験されたのはどんなバイトでしたか?

大山:地元でイベントをやっている人の手伝いをちょくちょくやって、そのたびに小遣いを貰うみたいなのが自分にとっては最初のバイトでした。僕の地元は、ニット製品の生産が盛んなところだったんですよ。それの展示会で椅子を並べるとか、そんなことを不定期でやっていました。そのあと、ちゃんと自分で求人に応募して働いたバイトとなると地元の回転寿司屋さんですね。高校生のときにやってました。

-そのお仕事を選ばれた理由はなんでしたか?

大山:僕は酒井と地元が一緒なんですけど、住んでいたところが結構田舎だったんですよね。だから、バイトを探してもそもそもの求人数自体がそんなに多くはなかったんです。その中でいうと、回転寿司屋さんっていうのは"もしかしたら、余ったお寿司を食べられるんじゃないか?"という魅力があったので(笑)、仕事の内容がどうこうという以前にそこに惹かれて始めました。

-実際に、お寿司を食べることはできたのですか?

大山:食べられました(笑)。営業が終わった段階で余っていて、結果的に破棄しなきゃいけないものとかでしたけどね。そういうときは嬉しかったです。

-良かったですね(笑)。仕事の内容としては、どんなことをされていたのでしょうか?

大山:普通のお寿司を握るのは専属の方だったので、僕は軍艦を作ったりだとか、寿司飯を炊いたり、片づけをしたり、いろいろやりながらホールでの接客もしてました。

-なるほど。次に、酒井さんの初アルバイト経験はどのようなものだったのでしょう?

酒井:初めてやったのは、中学生のときにおじいちゃんの友達が持っていた山で獲れた栗を"天津甘栗"として売っていたんですよ。僕はそれをひたすら焼く手伝いをして、お小遣いを貰ったりしていましたね。まぁ、そういう田舎ならではの小遣い稼ぎみたいなことは他にもいろいろやりました。そのあとに、いわゆるアルバイトとして初めてちゃんとやったのは、高校に入ってからの割烹料理店での仕事でした。

-割烹とはまた、いきなり敷居が高そうな感じですね。そこでは何をされてたんですか?

酒井:全部が個室のお店だったので、最初は各部屋にコンコン! ってやりながらの接客から始めました。

-完全個室の割烹ということは......きっとドラマでたまに観るような、"カコン......!"となるししおどしがお庭にあったりしたのでしょうね。

酒井:ありました、ありました(笑)。それに、お店の中に入ってすぐのところには橋と鯉の泳いでいる池もありましたよ。その先にはカウンターがあって、1階だけじゃなく2階にも個室があるようなお店でしたね。

-完全に高級店ではないですか。

酒井:おそらく田舎にしては結構高い方のお店だったと思います。コースで頼んだら、ひとり1万円はする感じだったはずですね。常連さんもいましたけど、地元では冠婚葬祭の会食なんかで使われていることが多かったみたいです。