挫・人間 下川リヲの"モノホンプレーヤーになれねえ"【第38回】

挫・人間下川リヲの"モノホンプレーヤーになれねえ"【第38回】

2024年08月号掲載

挫・人間

オタクだからアキバが好きなのか、アキバが好きだからオタクなのか、はたまたオタクが好きだからアキバが好きなのか私は私で判断出来ないのだが、私は今や死語となったアキバ系のオタクである自分のことが、実は嫌いではない。
むしろ趣味のために社会性や人間性を損なって生きてきたイビツな有様に、鏡を見て震えることもあるくらいだ。

しかし、同時に私はアキバを歩いているときに「オタクだと思われていないだろうか」と、いつも恐怖している。

数年前まで秋葉原駅電気街口付近には、「エウリアン」と呼ばれ、オタクに警戒される者が存在した。

「エウリアン」とは未知の生命体のことではない。アキバのオタク達に絵画を売り込んでくる熱心な女性達の通称である。

彼女らは通行人をオタクと見るや否や「我、チラシを配らん」と接近してくる。
チラシを受け取ってしまったが最後
「絵がお好きですか！？」と、眩しい笑顔や話術で画廊に誘い込まれ、気がつくと高額なシルクスクリーンやポストカードを買わされてしまうのだ。

オタク相手の実に凄まじいビジネスである。私の友人もポストカードを購入しては、「なんかこの絵を特別に感じる」などと自己暗示を掛けて自らを幸せにしていたのを思い出す。

しかし何より彼女らが凄まじいのは、会社員風の男には目もくれずオタクだけをホーミングするその性能である。

私がどんなに革ジャンやスーツでカッコつけようとも、常にこちらを目掛けて一直線にチラシを配りに来る。その度に自分の「バンドとか始めてちょっと垢抜けたかも！ッベイベー！」という表面的で恥ずかしい自意識を彼女らに暴かれ破壊され、ズタズタの自尊心で帰ることになるのである。

しかし、そんなエウリアンが駅前から撤退し数年が経つ。もうこの街でオタクとして見られても平気。そう思っていると、ひとりの女性が声を掛けてきた。

「お兄さん、異世界に興味ありませんか？」

「あります」

驚いた。脳では「ここが私の異世界です」と答えたはずが、口から出たのは「あります」という言葉だった。

「ですよね～！そしてお兄さん
......ライブもお好きですよね」

ヒュッと息が詰まる。この異世界人と思しき女性には、私が音楽をやっていることもお見通しということか。

「ライブは好きと言いますか、L・I・V・E......即ち人生と直結した、私にとって重要なものです。LOVEにも似ています」

「分かります～それじゃあ私と異世界行ってみませんか！？」

「それって死にますか？」

「えっ？」

「異世界に行くには......転生......」

「......あ！アイドルです！異世界アイドル......またお願いしますね～！」

女性は私に背を向けて去っていった。よく見ると「異世界アイドル」の看板を腰に下げている。
バンドマンには見えないが、オタクには見えたのであろう。私がキモオタなせいで悲しい事故が起こってしまった。

......思えばエウリアンの能力ではなく、私のオタク・アウラが女性達を惹きつけているのかもしれない。
私は自分の肥大した能力"チカラ"を初めて憎んだアキバの夕暮れだったのだ。

挫・人間

2008年、熊本で結成。"閃光ライオット2009"の決勝大会に進出し、同大会のキャンペーン・ガール、夏未エレナが選出する"夏未エレナ賞"を受賞。2013年に1stアルバム『苺苺苺苺苺』を発表。2021年3月にUSEN STUDIO COASTにて単独公演を実施した。2023年11月に新体制初となる東名阪ワンマン・ツアーを行った。2024年3月には2年7ヶ月ぶりのアルバム『銀河絶叫』をリリース。同作の発売を記念した全国ワンマン・ツアーも開催した。

挫・人間

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