挫・人間 下川リヲの"モノホンプレーヤーになれねえ"【第32回】

挫・人間下川リヲの"モノホンプレーヤーになれねえ"【第32回】

2023年08月号掲載

挫・人間

前回説明した通り、実家には僕を完全に外敵認定したチワワがいる。そのチワワは無条件で愛され、幸福に暮らしていた。

僕はと言えば、よかれと思って這って焼きそばパンを食べたり、鳥が求愛するようなハイトーンで叫んだりしたが一向に愛される気配はなかった。僕はもう、ひたすらに愛くるしい存在など認めるわけにはいかない。

僕と実家のチワワ（以後、屈鬼威と呼ぶ）は目と目が合うたびに吠え合い、そして母親はそれを見るたび鎖を床に叩きつけた。この上ない家庭崩壊である。

そんなある日、眠っている屈鬼威を見てふと思う。
僕らにも戦い以外のコミュニケーションがあるのではなかろうか。

屈鬼威は凶暴なグレムリンだと思っていたが、眠っている姿はただの子犬だ。

そして僕は人間である。
でも「負け犬」と呼ばれることもあった。
そう考えると急に自分が犬の気持ちが分かる系の人だった気がしてきた。
そうだ。犬と人間、コミュニケーションと言ったら散歩しかないじゃないか！

リードを手にすると屈鬼威は顔を上げ、目を輝かせながら尻尾を振る。
そして、一人ぼっちと一匹は家の外に飛び出していた。

殴り合った不良のように、いがみ合った時間はいつしか僕らの絆になった。屈鬼威は短い足でトテトテ歩き、僕はもっと短い脚でスキップをした。

このときの僕らからインスピレーションを受けて制作されたのがThe Rolling Stones"Get Yer Ya-Ya's Out!"のジャケットである。

「この街ではね、僕は屈鬼威の知らないところを沢山教えてあげられる。
よく聞こえてくるニワトリの鳴き声はこの家の鶏小屋から。そしてここが初恋の女の子の家、次がそのバイト先、雨宿りできるバス停、元駄菓子屋......」気付くと、日が暮れても僕らは歩いてた。

「楽しいね、屈鬼威」
少し恥じらってそう言うと、屈鬼威が小さくワンと答えた。
長きにわたる戦争の、終戦のゴングが鳴らされた瞬間だった。

家に帰って足を洗ってあげた。屈鬼威は僕に身体を預け、されるがままになっていた。

そしてすぐに小屋で眠った。今まで僕がいると警戒して熟睡出来なかったのが嘘みたいだ。

僕はとても嬉しくて、次の日も散歩に行った。悲しみだらけの故郷も、なんだか少し色めいて見えた。東京に戻るまで僕らはひたすらに散歩しては過去を暖め合った。

そして最終日、空港での待ち時間に何気なく「チワワ散歩」で調べた。
「チワワは1回1～2キロの散歩にしてください」
と書いてある。

なるほどね。僕平気で1日10キロくらい散歩してたから。だから屈鬼威あんなに大人しくなったんだ。

僕がやってた散歩って、虐待だったのでしょうか。

離陸する飛行機の窓に屈鬼威を浮かべ、窓に指で「farewell」と書く。屈鬼威が「BAD コミュニケーション」と、そう言った気がした。
大人がめちゃくちゃ歩けるってことに怯えて眠れ！屈鬼威！！

挫・人間

2008年、熊本で結成。"閃光ライオット2009"の決勝大会に進出し、同大会のキャンペーン・ガール、夏未エレナが選出する"夏未エレナ賞"を受賞。2013年に1stアルバム『苺苺苺苺苺』を発表。2021年3月にUSEN STUDIO COASTにて単独公演を実施した。昨年9月に2ndシングル『このままでいたい』、2023年1月にライヴDVD『メンバー募集"１"でワンマンTOUR』、4月にデジタル・シングル「下川くんにであえてよかった」を発表。7月には新曲「夏・天使」を配信リリースした。

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