オワリカラ : タカハシヒョウリの「火星から来た漫読家」【第26回】
2015年09月号掲載
僕は岡崎京子がまったく「わからない」
この夏、オワリカラのシングル『new music from big pink』が世に出たのが8月の26日のことで、数えてみると2年ぶりのシングルになってしまったこの曲は「異色作」と言えばかなり「異色作」だし、「らしい」曲と言えばかなり「らしい」曲だと思う。自分ですらそう思うような、なんだか不思議な曲で、とにかく今までにないメロウな、同じ展開が二度は出てこない6分半のトラックの中で、歌いたいことを宝物のように並べて嬉しそうにしているような、そんな曲だ。
この曲がリリースされて色々な人に聴いてもらって面白かったのは、聴く人によって見える景色がぜんぜん違うらしくて、私的最重要部分賞に選ばれる箇所が千差万別十人十色だったことだ。それは「楽しまなければ疲れるだけ」だったり「恋をしてるねガール、唇の色でわかるさ」だったり「短すぎるフルアルバムはフルアルバムとは呼べない」だったり「優しすぎる音楽は優しいとは言えない」だったり便宜上「サビ」の部分だったりする。そうして感情的に一カ所だけを選べなくても、統計的には選べる。
一番繰り返される言葉は「pink」だ。「pink」という言葉から連想するマンガの代表格は岡崎京子の『pink』が最有力候補じゃなかろうか。たまにはこんな連想ゲームのような原稿の書き方も良いじゃないかと思う、なぜならこんなことでもないと岡崎京子マンガについて書く事は無いんじゃないかと思うからだ。
つまり(まず最初に大事な事を言っておくと)、僕は岡崎京子マンガがまったく「わからない」。
いや、めちゃめちゃ面白いマンガだ、すごいマンガ家だと思う、凄まじい迫力だと思う、純粋に"天才的な才能"だと思う。
でも、岡崎京子のマンガに出てくる女たちの考え方、生き方、ファッションから食事にいたるまで、まったく自分の辞書に無い言語で描かれているというか、頭では理解できても感覚的に「わからない」。生理的に「身に付かない」。『pink』の主人公・ユミはOLで、夜はホテトル嬢で、彼女はワニに惜しみない愛を注ぎ、幸福の色だからピンクが好きで、「シアワセじゃなきゃ死んだ方がマシ」と言ってのける。「幸せを恐れる人は、幸せになれない」という言葉が引用され、あとがきで岡崎京子自身が「わたしは幸福を恐れない」と宣言する。
初めて読んだ時、そのすべてが僕には外宇宙から飛来した価値観のように感じたのだ。「何?その軽やかさ、たくましさ、しなやかさ、したたかさ」と。あまりに「手に取るようにわからないこと」だらけで、言ってみれば太陽系の真逆に存在する惑星のような感じでどんなに頑張っても交わる事のない軌道を描いて「おー、回っとる回っとる」と眺めるだけの彼岸の世界だ。
でもこれは実はすごいことで、例えるなら良くある話で「めちゃくちゃツキが無くて、絶対に賭け事に勝てないヤツ」は不運だけど価値がある、というのに似てる。なぜなら逆を狙えば絶対に大当たりするからだけど、それと同じで「真逆の意味で特別な存在の漫画家」というのもいて、それが僕にとっては岡崎京子だ。これは決して岡崎京子マンガをけなしているわけではないので、岡崎京子ファンの諸氏に関しましてはその手に握った石を投げるのをやめていただきたい。世の中には、完璧なる未知というのが同じ人間の中にもあるということ、そしてそれを知りたいと思うことがすごくロマンチックなことだと言いたいのだ。「共感」ではなく真逆の「未知」が愛だってこともある。
ご存知、岡崎京子は事故の影響で20年近く新作を発表していない。岡崎京子のファン、いや全マンガファンはその復帰をいつまでも待っている。たとえ叶わなくとも。そして岡崎京子が「わからない」男もここで1人その復帰を心待ちにしている。
岡崎京子は僕の知り得ない対岸のすべてを持っていて、それをマンガにできるんだ。もしかしたら、たとえば僕が生まれてくるときに持ちきれずに置いてきたもの、忘れてきたもの、そのすべてを岡崎京子は持ってるのかもしれない。だから、彼女がマンガを描いてくれないと、僕はこの世界でその未知に触れる事ができないのだ。
僕は、僕以外のすべてを岡崎京子のマンガの中に見る。
たぶんこれからも僕は、岡崎京子が「わからない」。
その「わからなさ」を求めて、これからも僕は読む。
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