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INTERVIEW

Japanese

androp

2013年12月号掲載

androp

メンバー:内澤 崇仁 (Vo/Gt)

インタビュアー:山口 智男

現在、one-man live tour "angstrom 0.6 pm"と題して、全国ツアー中のandropが4thシングル『Missing』をリリース。北川景子と深田恭子がW主演した映画『ルームメイト』の主題歌でもある同曲は、思わず胸が締めつけられるような気持ちになる悲痛なバラード。一方、カップリングの「Melody Line」は夢を抱くことや語ることをテーマにしたandropらしいアンセムだ。対象的な2曲に込めた真摯な想いを、バンドを代表してフロントマンの内澤崇仁に訊いた。来年3月にはandrop初のアリーナ単独公演も決定!

 

-今回のシングル「Missing」はバラード・ナンバーだったので、ちょっと意表を突かれました。バラードもandropの魅力の1つなので、バラードをシングルとしてリリースしても全然、不思議ではないと思うんですけど、ただ今回はバラードの魅力をアピールしようと言うよりは、やはり映画の主題歌に起用されたということが大きいんですか?

それもバラードをシングルとしてリリースする1つのきっかけになりました。元々はカップリングの「Melody Line」をシングルにするつもりだったんですけど、"ちょっと待てよ"と思ったんです。「Melody Line」をシングルにすることは本当に今、自分たちがやるべきことなのかって考えてみたら、それは違うだろうって。

-「Missing」と「Melody Line」。どちらがandropらしいかと言えば、やっぱり「Melody Line」ですよね。しかもライヴのハイライトになり得る曲じゃないですか。それにもかかわらず、ちょっと待てよと思ったのは、なぜだったんですか?

「Melody Line」は前のシングルだった「Voice」の延長上で、もうちょっと削ぎ落としたプロダクションなんだけど、もっとメッセージが伝わる曲というイメージで作ったんです。「Voice」の延長上にあるという意味では、今の僕らの曲であることには違いないんですけど、そういう流れで、今、シングルをリリースしていいんだろうか?それって予定調和なんじゃないかって思えてきたんですよ。

-じゃあ、意表を突きたかったというのもあるわけですね?

もちろん、聴いてくれる人たちの意表を突きたいというのは毎回あるんですけど、それよりもまず自分たちが安易に流れに乗ったり、予定調和でやったりしていいのかってことですよね。「Missing」って実はものすごく前......2009年ぐらいにできた曲なんですけど、パーソナルな想いが強すぎるからずっと封印していたんです。

-封印、ですか?

えぇ。作った当時は、曲に込めた想いをちゃんと伝えることができないと思ったんですよ。でも、今ならちゃんと責任を持って伝えることができるんじゃないか、この曲に込めた想いをちゃんと背負えるんじゃないかって思えたということもあって、今、シングルをリリースするならやっぱり「Missing」なんじゃないかって。

-あぁ、別れが大きなテーマと言うかモチーフになっていると思いましたが、そこにはパーソナルな想いが込められていたわけですね。差し支えなかったら、それを聞かせてもらってもいいでしょうか?

僕はandropをはじめてからきちんとボーカリストとして歌を意識しはじめて、ヴォイス・トレーニングに通っていたんです。そのヴォイス・トレーニングの先生が亡くなってしまって。その先生とはヴォイトレだけに止まらず、どういう気持ちでライヴに取り組むべきかという精神的な話をしたり、悩みを聞いてもらったり、家族に近い親しい関係だったのですごく悲しくて、先生の死のショックから立ち直れないと言うか、ずっと前に進めなかったんですけど、そんなとき、それでも苦悩しながらでも前に歩いていくのが生きていくことじゃないかって感じて。そういう曲を作ろうと思ったというよりは、自分の気持ちを整理しているうちに歌詞と曲ができたという感じですね。そういうパーソナルな想いが凝縮されている曲だからこそ歌えなかったし、世に出すにあたって、どういう曲なのか伝えなきゃならないと考えたとき、無理だなって思ったんですよ。喋るのが不得意だから、変な伝わり方をしたらいやだなとも思ったし。それで今の今まで封印していたんです。でも、「Voice」をリリースして、聴いてくれる人を信じられるようになったし、こういうインタビューでもヘタクソだけど、ちゃんと伝えれば、わかってもらえると思ったので、今だったら責任を持って、この曲に対して語ることができるかなって。逆に、そのことを語らなかったら、また逃げて生きていくのかなって思ったし。本当の意味で、歌を教えてくれた、その先生は僕の歌の原点でもあるので、そういうところから逃げていったら強いヴォーカリストにはなれないんじゃないかとも思ったので、やっぱり今なのかなって。