Japanese
夢ノ結唱 × THE SPELLBOUND
2023年12月号掲載
Member:中野 雅之(Prog/Ba) 小林 祐介(Vo/Gt)
Interviewer:石角 友香 Photographer:濱谷幸江
"BanG Dream!(バンドリ!)"と音声創作ソフトのコラボレーションにより始まった次世代プロジェクト"夢ノ結唱"の最新曲をTHE SPELLBOUNDが手掛けたことは、THE SPELLBOUNDファンにとっても、"バンドリ!"ファンにとっても画期的且つ納得度の高いものではないだろうか。今回はTHE SPELLBOUNDの中野雅之(BOOM BOOM SATELLITES)と小林祐介(The Novembers)にクリエイター目線、そしてヴォーカリスト目線での"夢ノ結唱"への楽曲制作の醍醐味や、楽曲「世界中に響く耳鳴りの導火線に火をつけて」と「マルカリアンチェイン」の着想、合成音声をはじめとするAIとの向き合い方などをじっくり訊いてみた。
再現ではなく、ひとつの人格が立ち上がっているような感覚になった。それが音楽から感じられたのが嬉しい
-端的に、今回の"夢ノ結唱"プロジェクトに向けての書き下ろしの依頼が来たときにどう思われましたか?
中野:話を貰った段階では最新のソフトウェアはまだ聴かせてもらってなかったんですが、打ち合わせの最初の日にはもう僕らが作ったデモを歌わせたデータがあって、それを聴いたときにちょっとたまげたというか。表現力が格段に上がっている感じがして、"これはちょっといろんなことが変わっていくんだろうな"って、大げさに言えば音楽制作や音楽ビジネスとか様々なものが様変わりしていくんだろうなということが想像できたりして、そういった興奮があったりしました。で、自分たちの曲でどういう表現ができるのかなっていうのも楽しみだったりワクワクしました。
-小林さんはどういう印象を持ちました?
小林:僕自身がVOCALOIDだったりそういった文化にあまり深く接したことがなかったので、そういったなかで特にTHE SPELLBOUNDを始めてからは作り手の人となりとか生き方、哲学そのものが音楽に宿るんだっていうことを感じ続けているんですね。そういった観点で"夢ノ結唱"プロジェクトにどんなものが宿せるか、あるいは自分たちが宿す場合、どんなものが立ち上がってくるだろう? っていうことにすごく興味がありました。
-それまでのボカロ文化や人工音声とおふたりの距離感っていうのはどういう感じでしたか?
中野:たぶん小林君は歌う本人、人間そのものなので、僕とは感覚も違うと思います。結論としては、そう簡単に人間が歌うっていう、例えばヴォーカリストっていう職業がなくなるとは思えないし、よりその人の声とか人の歌っていうものの希少性や価値を再認識した部分もあって。そういう仕事が奪われてしまうということはないんだけど、小林君からしたら"こんなに歌えるのか"と思ったんじゃないかなって思うんですよね。
小林:思いましたね。
中野:いろんな意味で小林君は頑張らなくちゃって思ったかもしれなくて。まだまだ人間が頑張らなければいけない領域が自分の中にもある。僕はまたそういうことともちょっと違って。どんどん人間の表現に近づいてきてるとは言え、身体で言えばありえない方向に関節が動いたりとかもするんですね。そういう人間の可動範囲を超えた身体表現ができるみたいなところを、どうクリエイティヴに活用していこうかっていう、そういう楽しみな部分もあります。ARCAっていうアーティストがいるんですけど、トランスジェンダーでそれを自分の制作の軸にしている部分もあったりするんですね。人間がどこまで人間から離れられるのか、極限まで自分の身体と声と音楽表現でかなりエクストリームな領域に踏み込んでいて、前衛芸術と言ってもいいのではないかなと。適度にポップなところもあるわけですけど、そういうものを連想させられました。なので、既存の音楽のヴォーカリストを置き換えていくっていうことだけじゃないよなというところもあって、すごく楽しみなツールです。クリエイターがより深く没入できる、手強い、でも面白い道具なんじゃないかな、という期待感を持ったりします。小林君はどうですか?
小林:僕はVOCALOIDの楽曲を作る人も聴く人も、"これはボカロの音楽である"っていうある種前提というか、人間の枠を飛び越えた先で楽しむっていう領域があったと思うんですね。でもこのプロジェクトは、その境界が一聴して曖昧になっていく感じがしたんです。さっき中野さんが本来の人間の可動域を超えたっていう表現をしていましたが、そこもただの飛び道具としてというよりは、人がものすごい臨場感を持ってエクストリームなことをやってるっていうスリリングさがあったりしたので、そういったところで人間、歌ってる僕本人としてどういう戦い方ができるのかな? というのはやっぱり常に意識しちゃいましたし、聴いてる人たちもさっき言った大前提を飛び越えたときに、ひとつの音楽として前提を取り払った体験ができちゃうような気がしたんですよね。だからそこでの新しい感動みたいなものとか、どんなクリエイターが生まれてくるのか、楽しみにしています。
-最近のTHE SPELLBOUNDにおける小林さんのヴォーカル表現っていうのは限りなく信号というか、マントラみたいになっているので。
小林:(笑)
-エフェクトに頼るというよりは本当に生声のスキルでやってらっしゃると思うので、合成音声での創作の依頼が来たのは面白いなと思ったんですよね。今回の依頼が中野さん個人じゃなくて、THE SPELLBOUNDに来たことが理解できるというか。
中野:僕としてはとても光栄なことで。僕は以前、BOOM BOOM SATELLITESではずっと英語詞でやってきて、で小林君という詩人、作家っていう、尊敬できる人と一緒にTHE SPELLBOUNDをやり始めて、日本語、ポップス、ポップ・ミュージックの表現の拡張っていうか、可能性の追究をすごく楽しんでやれていて。その延長線上に合成音声というものがかなりレベルの高いものとして、音楽クリエイターの欲望にちゃんと応えてくれるポテンシャルを持ったものがポンと現れてきたので、小林君とふたりで楽曲を作っていくのと同じか、それ以上ぐらいにやりがいのあるものでもあるんですね。小林君との共同作業があって、どういう音楽が生まれて、どんなリスナーとコミュニケーションが生まれるかっていうのも様々な想定をしながら歌詞を完成させて。で、仮歌は小林君が歌っているんで、そのバージョンとの対比も聴いていてとても興味深いし、優劣は実際つけがたい。違う音楽だし違う音楽表現だし、すごい面白いことが起きてるなっていう感じです。
-小林さんは、仮歌を歌ったほうが完成形が見えると思って歌われたんですか?
小林:作曲の一環としてっていうのももちろんありますし、実際に人が歌ったときにどういう音楽になるのかっていうのは自分たちで見定めて制作していて。実際歌われた言葉じゃないと歌詞にならないっていうのがありますので、そこは歌った甲斐があるところなんですけど、歌った本人としても自分たちがTHE SPELLBOUNDとして描いた音楽の世界や言葉の世界が、合成音声が歌うことによって再現になるのか、別の何かになるのかっていうことをすごく楽しみにしていて、これはひとつの人格みたいなものがちゃんと立ち上がっているような感覚になったんですね。誰かがカバーした僕らの曲っていうより、もうひとつその中で人生や背景、この人が大切にしてる何かがあるのかもしれないっていう感覚。キャラクターの設定とかそういうのと関係ないところで、そういったものをちゃんと音楽から感じられたのが一番嬉しかったです。
-特に「世界中に響く耳鳴りの導火線に火をつけて」のヴォーカルのPOPYが若い女の子であったりするし、ひとつの情景が浮かびますよね。彼女の声からある程度広がったイメージがありますか?
中野:歌わせてみて、立ち上がってくるものを今度はトラックと合わせていったときに、最初からひとつの音楽がそこにあったような感じでトリートメントを施していったので、音楽として完結する形になれているんじゃないかなと。僕は小林君の仮歌を受け取って、それを合成された音声に置き換えてからの作業がすごく長かったんですけど、やっぱりそのソフトウェアの使い方ひとつでそういうところが表現できることを見せたかったというのもあります。もっとライトに歌わせて、トラックと合体させてできあがりっていうのもたぶんこれからいっぱい出てくるんじゃないかと思いますが、それはそれでひとつの人格を表している。人の人生と営みのなかで蓄積されていく情報量と、その蓄積された情報から歌われる声や奏でられる音楽とかっていうのはとても重層的だし、それがその人が手を動かして、あるいは身体を使って身体表現としてやる音楽の素晴らしいところなので、そんな領域までいけないかな? っていうのは2ヶ月の制作期間中にずっと考えていました。なので、もしかしたら神曲なのかもしれないし(笑)、今後ひとつの目標になる楽曲なのかもしれないし、このソフトウェアがたくさんの人に使われて、いろんな表現がたくさんのDTMの方々から上がってくると思います。
-例えば初音ミクとかだったら、すごい高音とかは"人間じゃ出ないよね"っていう快感があるじゃないですか。でも今回の作品は"人間っぽくない"ことが面白いわけではないなって。逆に人間らしく聴こえるぶんだけ、神は細部に宿るじゃないですけど、作り手が細かいところまで突き詰める必要があるのかもしれないなと感じました。
中野:そうですね。突き詰め甲斐があるから、そのクリエイターの音楽体験とか、 そういうところにだいぶ依存するし、その楽曲の価値が大きく左右されてくるのではないかな。クリエイターが頑張ったぶん応えてくれるので、そこはこれまでの音声合成ソフトとは全然レベルが違うと思ったし、すごくいいことだなと。これを手にしたアマチュアでもプロでも、本当に音楽に熱量を持って取り組めると思います。
-小林さんはPOPYという歌い手に対して、何を念頭に置いて歌詞を書かれましたか?
小林:全部が全部POPY目線ではないんですけど、やっぱり人生があるっていう部分とか、生きて何かをするっていうことで、何かを大切に思うという普遍的なテーマで歌詞を進めていって。それからPOPYっていう設定というか登場人物という順番で歌詞を書いていったので、彼女の実態を問うような詞表現とか、"自分はどこにあるんだろう"とか、"この感情は本当のものなのか?"っていう、仕掛けみたいなものを歌詞にねじ込もうとしたんですけど、そういう仕掛けより人そのものとして描けたらいいなっていうことに気づいたんですね。そういった意味で言うと、自分の音楽を作るっていうことにすごく近かった。で、結局歌われたもので別の意味がちゃんと立ち上がったという順番です。
-最近のTHE SPELLBOUNDの楽曲と双子的な存在というか、メッセージは近いなと思います。それにしてもこの体感はすごいですね。膨大な言葉数と音が飛んでくる圧倒的な体験で。
中野:すごいスピードの景色の流れの中で、視覚的に現れては聴こえる、その中でいくつかキャッチできて記憶の中に断片として残っているような言葉が2~3個あるだけで、あとは自由っていうか。聴いてる人がそのすべての言葉をキャッチして、噛み砕いて咀嚼して飲み込んで自分のものにする、っていうのはそもそも不可能なスピードでことが行われているので、いくつかの言葉で自分の楽曲にしていってもらえればいいんです。だからどこがピックアップされてもいいようになっている感じ。
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