Hakubi 片桐の"ひと折りごと" 第1回
2025年10月号掲載
#1 [音楽のはじまりのひと折り]
ありがたいことに、スタジオや楽器屋さんでよく手に取っていたSkream!さんの誌面で、コラムを担当させていただくことになりました。京都のHakubiでVo.Gt.作詞作曲をしている片桐です。苗字だけの名前で、本名でもなく、高校時代に通学路にあった焼きそば屋さん「かたぎり」から拝借しました。(岐阜県郡上市にあるのですが、本当においしいのでぜひ立ち寄ってみてください。)
コラムのタイトルは「Hakubi片桐の"ひと折りごと"」。「ひとりごと」と「ひとつ折るごと」を掛け合わせています。人生で出会った人や経験、成功や失敗は、折り紙を折るようにひとつひとつが人のかたちを作っていく。その「折り目」を振り返りながら綴ることで、私というかたちを描き出していけたらと思っています。楽曲のきっかけになった瞬間についても触れられるかもしれません。
初回となる今回は、「音楽のはじまりのひと折り」をお届けします。
私の音楽に関する一番古い記憶は、市内のイベントで父のギターに合わせ「翼をください」を歌ったこと。その次は、親戚と行ったカラオケで、どうしても歌わないといけなくなり、当時ピクミンのCMで流れていた「愛のうた」を選んでやり過ごしたこと。どちらも恥ずかしさが勝って、嫌な思い出として断片的に残っています。それでも音楽そのものは大好きで、毎年ミュージカルを観に行ったり、紅白歌合戦をVHSで何度も巻き戻して観たり、ピアノに夢中になったりしていました。人前に立つのは苦手でも、音楽への好奇心は人一倍強かったのだと思います。
そんな私が人前で音楽をやるようになったのは、祖母の何気ない一言がきっかけでした。幼少期、父母がいない間は祖母と兄と三人で一緒に過ごしている時間が長くありました。二つ上の兄は勉強もでき、性格も良く、愛想も良かったので、何をやっても周りの人に褒められるのはいつも兄。そんな兄にコンプレックスを抱いて、反発して私は真逆の行動を取ってばかりいました。小学校高学年で兄がアコースティックギターを親戚から譲り受けたことをきっかけに兄はギターを弾きはじめました。楽しそうにきらきらとギターをかき鳴らしながら歌う姿をいつも羨ましく、でも、私はああなれないという諦めの感情が渦巻き、兄の真似をしてギターを弾いてみてもどうせ兄には勝てないんだろうと思っていました。
そんなある日、私がギターをこっそり弾いていると祖母がぽつりと「兄のよりも、あんたのギターの音の方が騒がしくなくていいね」とつぶやいたのです。祖母は厳格な人で、普段から私と兄をあまり褒めませんでした。おそらくあの一言は毎日騒音のようにギターをかき鳴らしていた兄への嫌味だったのかもしれません。でも私には、それが「あの兄に勝てる部分を初めて見つけてくれた言葉」に聞こえました。祖母だけが私を見てくれたように感じて、その一言はずっと私の味方でいてくれるような気がしました。
何をやっても勝てないと思っていた私に、人前に立つことが怖かった私に、「もしかしたら自分にもできるかもしれない」と思わせてくれた、かけがえのない最初の折り目。それが、私の音楽人生のはじまりになったのだと思います。
これからのコラムでは、そんな「ひと折り」をひとつずつ辿りながら書いていきます。読んでくれているあなたの中にも、そんな折り目はありますか?
Hakubi
片桐(Vo/Gt)、ヤスカワアル(Ba)からなる京都発ロック・バンド。2021年9月、メジャー・デビュー。2023年11月にはZepp Haneda(TOKYO)&なんばHatch公演を成功。飾らない言葉で綴られた内省的な歌詞と、弱さを押し隠す力強い歌声、繊細さと激情を併せ持つ楽曲とライヴ・パフォーマンスが多くの支持を集めている。2025年9月にデジタル・シングル「何者」をリリースし、11月からは東名阪ツアーを開催する。
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