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INTERVIEW

Japanese

ハルカトミユキ

2015年05月号掲載

ハルカトミユキ

ハルカトミユキ

Official Site

メンバー:ハルカ (Vo/Gt) ミユキ (Key/Cho)

毎月1曲、12ヶ月連続で新曲を配信リリース。そして年内にミニ・アルバムとフル・アルバムのリリースという、怒涛のリリース・ラッシュを2015年のマニフェストとして掲げたハルカトミユキ。その中のミニ・アルバムに当たる新作『世界』には、前作からの1年間でふたりが直面した様々な逡巡、苦悩、絶望、そして希望が、美しく、そして赤裸々な筆致で刻み込まれている。"世界"を拒絶する対象ではなく、生き抜くべき戦場として認識したがゆえにもたらされた、音と言葉の凄まじい強度。再び歩き始めた彼女たちの"今、ここで生きる"決意表明――それが『世界』だ。

-この『世界』という作品は、今まさにハルカトミユキの中で起こっている変化のドキュメントのような作品だと思いました。まず、今年おふたりが掲げているマニフェストに関して訊きたいんです。毎月1曲、新曲を配信リリースする。そして年内にミニ・アルバムとフル・アルバムをリリースする――こうして決意表明をしてまで、とにかく作品を世に発信していくモードになったのは、どうしてだったんですか?

ハルカ:前作(3rd EP『そんなことどうだっていい、この歌を君が好きだと言ってくれたら。』)から1年くらいリリースが空いちゃったんですよね。その間の活動っていうのは、何本かのライヴだけで。メジャー・レーベルに所属するバンドとしては、異例のゆっくりペースで。でも、リリースはなくても曲は書き続けていたんですよ! ご存知の通り、ライヴでも新曲どんどんやってましたしね。新たに私たちのチームに加わってくれたレーベル・スタッフが提案してくれたんです。間隔が空いてしまっているし、"この際思い切って、今年は毎月1曲ずつ出してみたらいいんじゃないか!"っていう、予想を超えた提案で(笑)。自分的にも、"そろそろタイミングだ"と思っていたので、どうせなら、自分が驚くようなこと、何かがガラッと変わるようなことをしたいと思ってたから、この提案にはグッと来ました。さらには、ライヴでやってた新曲以外にも、たくさん新曲は書き溜めてあったんですけど、それは一旦置いといて、"ま、とりあえず、全部書き下ろそうよ"ってことになったんです。燃えました(笑)、勢いつきましたね。毎月新曲発表っていうのは、対外的なリリース戦略なのかもしれないけど、私にとっては、自分に刺激を与えてくれる起爆剤的な意味合いが大きいですね。

-前作をリリース以降、新曲を作りながらもそれをリリースするまではいけなかった。その理由にハルカさん個人の悩みもあるのだとしたら、その悩みって、どういうものだったんですか?

ハルカ:悩んでるっていうのとはちょっと違うんだけど、ま、悩んでたかな(笑)。とにかく、まいってましたね、精神的に。「その日がきたら」を作ったとき、あのときがひとつのピークというか、最底辺まで落ちてて。詳しいことはもう思い出したくないけど......言いたくないくらい。もう落ちきってて、これ以上は下がらないってところまでいって、"こんな状態でやってる意味あるのかな"、"歌う意味あるかな"、"これで終わろう"、"自分自身の手で終わらせよう"って思ってましたね。そんな中で、本当に振り絞って振り絞って曲を作ったんですよね。「その日がきたら」を。これがいい曲かどうかは別にして、ギリギリの頑張りでなんとか形にしてみたら、状況とか気持ちとか関係なく、"やっぱり私は音楽好きなんだなぁ"なんて改めて思えたんですよね。だけど、なかなかすぐには次の何かを外に出せる状態にはならなかったんですよ。それでリリースが空いちゃうんですけど。......説明になってるかな?ここからまたスタートだって思えるには、もうちょっと時間がかかりました。それをそっと見守って、待っていてくれたスタッフやミユキには、ありがとうですね。

-でも、曲自体は作れていたんですよね? 去年の11月にあった恵比寿LIQUIDROOMのワンマンでも新曲はかなりやっていたし。

ハルカ:そうそう、曲は書いてましたね。次々と。「ひとりごと」って曲を書いて、文字通り、"ひとりごと"のようにライヴで歌ったり。ライヴがあるとその直前に作った曲をいつも歌ってました。作ってすぐみんなの前で歌う......歌うことで自分は救われていったというか......ライヴで歌っている間だけは自分が生きている感じがしてた。歌うごとに徐々に浄化されていったんだと思いますね。だんだんと力が戻ってきた。ライヴがブッキングされててよかったです、本当に(笑)。

-なるほど。そうやってハルカさんが悩んでいる隣で、ミユキさんはこの1年、どんなモードだったんですか?

ミユキ:前作を出したときって、誰が見てもわかるくらいハルカは落ちていて。もう歌も歌えないし、"この状況だったら、もう無理して音楽はやらなくてもいいし、それどころか、できないかもしれない"っていうぐらいに私には見えていたんです。正直、苦しんでるハルカを見て、"もう解放してあげたい"って思ってましたね。私がハルカを守らなきゃいけないって思っていたし。そのころ、ふたりで芯食った話し合いをしたんですけど、"それでもやる"っていうことになって、ふたりの結論として。そこから徐々にハルカは復活していくんですけど......その間は久しぶりにひとりの時間が多かったから、私は"自分はどんな音楽がやりたいのか?"とか"本来自分はどんな音楽が好きだったっけ?"っていう、しばらく忘れちゃってた部分を改めてゆっくり考える時間があった。小、中学生のころに好きだったORANGE RANGEとかを聴き返してみたりして。ORANGE RANGEって、ポップもポップ、どポップじゃないですか。でも音楽愛に溢れてて、バンドだけどバンドじゃないような幅広さで、いろんな要素が入ってる。初めて聴いたときのワクワク感とか思い出して、私はこういう感覚が好きだったなって再認識したんですよね。こんな気持ちをハルカトミユキを聴く人にも感じて欲しいなって思ったし、自分の中にあるその"感覚"に繋がる曲をもっと作りたい!って。それで、"今の私には何があるんだろう?"って考えたとき、そのときハマってたFOSTER THE PEOPLEから掘っていったら80'sでした、結局は。しかもニューロマ(笑)。私の中では、ニューロマはどこかORANGE RANGEに繋がってるんですよね!! なので私はこの期間は80'sを聴きまくってて。そうなってくるとテンションあがって、曲もバンバン作って。1週間に1曲とか、乗ってきたら1日1曲とかのペースで作ってましたね。そんな中、ライヴでやったのが「フラワー」っていう曲です。

-11月のワンマンでもやっていた曲ですよね。

ミユキ:「フラワー」はシンセ・ベースのリフっていうモロ80'sオマージュの曲なんだけど、この曲にハルカに歌詞を書いて欲しいっていうところまで辿り着けたのは、この期間で、私の中で突き抜けられた要素になってますね。あと、自分が音楽面で素直になっていくことで、ライヴでのお客さんに対してのパフォーマンスに関しても、もっと素直に自分の感情をぶつけたいと思うようになって。自分が初めて行ったライヴのDVDを見返したんです。これもORANGE RANGEなんですけど、バンドがステージで暴れて、すごい熱量を発して、そこにお客さんが応えているんですよね。横浜アリーナ中がノリノリなんですよ。"これだ!"ってすごく思って。お客さんにもっと近く、真摯に向き合わなきゃって。だから11月のワンマンは、表現として完成はされてないけど、自分的には芽は出たかなって思います。