Japanese
ハルカトミユキ
Skream! マガジン 2014年03月号掲載
2014.02.08 @渋谷CLUB QUATTRO
Writer 天野 史彬
13年ぶりの大雪が東京に降り注いだこの日、ヴォーカル/ギターのハルカは、会場である渋谷CLUB QUATTROを"雪山の中の山小屋"と呼んだ。まったく、その通りだったと思う。外の道は雪が積もり、刺すような冷たい空気が空を覆っていたが、渋谷QUATTROは温かかった。室内だから気温が暖かかったというだけではない。この日、ハルカトミユキが鳴らしていた音は、温かかった。冷たさの対極にある温かさではなく、冷たさの奥から滲み出るような温かさだった。この音は雪の冷たさだけでなく、私たちが生きる、この世界の冷たさすらも、じんわりと和らげているようだった。
東名阪を回ったハルカトミユキのワンマン・ツアー"青写真を描く"のファイナル、渋谷CLUB QUATTRO公演。この日は大雪のために交通機関などにも影響が出ていて、会場に来れなかった人も多くいたと聞いた。その点は本当に残念でならないが、それでも、開演ちょっと前に会場に入れば、既にそこは集まった人々の熱気に包まれていたし、何より、筆者が彼女たちのライヴを観るのは、去年の12月に行われた新代田FEVERでのワンマン以来だったのだが、たった2ヵ月ほどで、彼女たちのライヴ・パフォーマンスは驚くべき大きな変化を見せていた。
ライヴは「絶望ごっこ」からスタート。ハルカトミユキのふたりに加え、ドラムに中畑大樹、ギターに佐藤亮、ベースに梨本恒平を加えた、鉄壁のバンド編成によるアンサンブルはとにかく屈強で、重たく、刺々しく、しかしどこか優しい。続く「マネキン」、「mosaic」と、そのソリッドな演奏は、まるで聴き手を包み込むようなスケールの大きさを伴って耳に響く。突き刺すような感覚、抉るような感覚、そういったハルカトミユキ独自の攻撃性は健在だが、しかし同時に、彼女たちのサウンドは、ライヴを観る度にその包容力をも増している。これは、1stアルバム『シアノタイプ』リリース以降、彼女たちと聴き手との音楽を通したコミュニケーションがどんどんと親密になっていることの現われだろう。「ドライアイス」の演奏前には、ハルカが"絶望の歌ではなく、希望の歌です"と告げる。たとえば転んで擦りむいたり、軽い怪我をした時、滲む血の色を見て、痛みと同時に自分の命の在り処を感じる時がある。この日、「ドライアイス」を聴いていて、ふとそんなことを思った。滲む血の赤と、そこに帯びた熱。感じる痛みと表裏一体にある、生の希望。出口の見えない世界で"ただ生きていて"と歌うこの曲は、本質的な生きている実感、そのものだけを突き刺してくるような生々しさに満ちていた。続く「未成年」など、この日は『シアノタイプ』収録曲だけでなく、インディーズ時代の作品に収められた楽曲も多く演奏されたが、かつての楽曲も、『シアノタイプ』以降、確実な深化を遂げていることを感じさせた。
弾き語りで演奏された名曲「長い待ち合わせ」は、この曲の持つ等身大の想いが、曝け出された繊細な音とドラマティックなメロディによって紡がれていて、息を呑むような美しさだった。一転、「伝言ゲーム」~「Hate you」の流れでは、ミユキが前に躍り出てオーディエンスを盛り上げる。「Hate you」のミユキダンスはキレにキレていたし、"踊る阿呆に見る阿呆ですから。みなさん、踊るしかないですよ"と、ハルカもオーディエンスを煽ってくる。こんなふうにハルカも一緒になって会場を盛り上げようとする姿は、ほんの2ヵ月前の新代田FEVERワンマンでは見られなかったものだ。恐らく、このツアーの間に何かを見出したのだろう。音楽という、自分たちなりの愛情表現を持ってオーディエンスの熱を感じ取ろうとする、そんなふたりの姿があった。
終盤には、「青い夜更け」という、ハルカトミユキのふたりが音楽活動を始めた初期に作られた楽曲も披露された。これが、傷だらけの心が決死の覚悟で世界に口づけを求めていくような切実さに満ちた素晴らしい曲だった。是非、音源化を願いたい。そして最後に演奏されたのは「Vanilla」。この日ハルカは、"私は誰のことも信じられなかった"と語っていた。何も信じなくていいのだと思う。この温かさに満ちていた渋谷QUATTROも、1歩外に出れば冷たい世界だ。疑うことは罪ではない。この世界に、信じ切れるものなどありはしないだろう。ただ、目の前にいる人と視線を交わした時、手を触れ合った時、そこに宿る温度だけは信じていいのではないかと思う。そしてきっと、今のハルカトミユキのふたりも、オーディエンスとわかちあう熱だけは信じられると、そう思っているのではないだろうか。客電が着き、明かりが満ちたステージで「Vanilla」を演奏するふたりを見て、心からそう思った。山小屋に光が射したようだった。
【セットリスト】
1. 絶望ごっこ
2. マネキン
3. mosaic
4. ドライアイス
5. 未成年
6. 長い待ち合わせ
7. POOL
8. 伝言ゲーム
9. Hate you
10. 7nonsense
11. シアノタイプ
12. ニュートンの林檎
13. 振り出しに戻る
14. プラスチック・メトロ
15. 青い夜更け(未発表曲)
16. ナイフ
17. Vanilla
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