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INTERVIEW

Japanese

ハルカトミユキ

2015年10月号掲載

ハルカトミユキ

Member:ハルカ(Vo/Gt) ミユキ(Key/Cho)

Interviewer:天野 史彬

-実際、この曲はタイトルも歌詞も、すごく衝動的ですよね。ハルカさんが元来持つ詩的表現の美しさや巧みさよりも、今、伝えたい言葉がそのまま書かれているような生々しさがある。

ハルカ:本当に、"肯定する"って、タイトルとしてはかなり歪というか、自分にとって、あまりに剥き出しで。歌詞も、言葉そのままの意味だし。でも、それ以外に書きようがなかったんです。どう言葉を変えてみても、何かが弱くなってしまう感覚があって......。ということは、今はこれしか言えないっていうことなのかな、とも思って。だから、すごく決断が必要でしたね。"LIFE"っていう作品自体のタイトルも、ある意味では恥ずかしい単語かもしれないけど、前作のタイトルが"世界"、世界に飛び出した主人公が、その世界のど真ん中で何を目にしたのか、何と向き合ったのか?って考えて、"LIFE"――今はこれしかないなって。

-なるほど。「肯定する」には、とにかくたくさん"君"という言葉が出てきますよね。ここで歌われる"君"は、恐らく今までハルカトミユキの曲の中で歌われてきた"君"とは意味が違いますよね。今回は、もっと大きな意味での"君"なんじゃないかって。

ハルカ:そうですね。"僕と君"で、僕は君だから、それは、すごく狭い世界ではあるんだけど、「肯定する」は、例えば野音に集まった3,000人の人が聴いたときに、絶対に"君"のことを自分だと思って欲しいんですよ。3,000人の一塊とか、誰か別の世界の人間じゃなくて、絶対に"私のことだ"って思えるような......3,000人の君と僕、今回の"君"には、そういう気持ちをすごく込めていますね。

-ひとりひとりが別々の"君"であるっていう、そのポイントに辿り着けたのはどうしてだったんですか?

ハルカ:やっぱり野音が大きかったかなぁ。野音が決まったことで、立脚点が変わって、視点にも変化があったのかも。自分が部屋でひとりで思っていた"肯定されたい"っていう気持ちはそのままに、そこからさらに広げた曲にしたいっていう想いがあったんですよね。今までのライヴではお客さんのことを何百人っていう塊でイメージしていたのが、野音で3000という数字が出てきたり、チケットを手渡ししているうちに、"ほんっとうに、ひとりが集まって3000になるんだな"って実感して。幕が開いたらバッといる3,000人じゃなくて、それぞれが家から来ていることに気づくというか。電車に乗ってくる人もいれば、自転車に乗ってくる人もいる。誰もが違う想いを持って、違う毎日を生きている......それぞれが集まらなきゃ3000っていう数字にはならない。それは野音を決めたことで実感できたことですね。

-ミユキさんは、ハルカさんから"肯定する"という言葉が出てきたとき、どう思いましたか?

ミユキ:「世界」よりも、もっとストレートな曲だなって思いました。私自身も個人的に否定されたり、モヤモヤすることがあったから、単純にやられましたね。野音でお客さんと一緒に歌ったり、口ずさんだりできる曲になったかなって思いますね。

-アレンジに関しては、スケールの大きなスタジアム・ロック感がありますよね。

ミユキ:そうですよね(笑)。他の曲に関しては、日々いろんな音楽を聴き漁っている中で、私の興味があるサウンドを歌の内容に関係なく突っ込んでいって、それが内容と合えば成功という形で進めていったんですけど(笑)、でも「肯定する」に関しては、ハルカトミユキとして王道というか、ストレートなものを出したいっていう気持ちがあって。なので、ドラムはいつもの(中畑)大樹さんに叩いてもらったし、私たちのことをわかってくれている方たちに演奏してもらったんです。

-あと今回の作品は、全体を通して"死から生"を描いている部分もあるな、と思ったんです。「肯定する」の中に"君の全てを受け入れよう/君が捨てたその命"というラインもありますけど、Track.6「September」も"死"をイメージさせる曲だし、ラストのTrack.7「火の鳥」は1曲を通して死から生への再生を描く壮大な抒情詩ですよね。この点に関して、ご自分たちの中で意識されていたことはありましたか?

ハルカ:最初からそういうものを書こうと思っていたわけではなくて、むしろ最初は"星"とか"空"をイメージさせる明るめの曲があったらいいなと思っていたんですけど、段々と、死ぬことを考えている人がいて、でも生きなきゃいけないと考える......そんなイメージが湧いてきて。

-何が原因だったんでしょうか?

ハルカ:"銀河鉄道の夜"を改めて読んだんですよ。銀河鉄道に乗った主人公のふたりが"一緒に行こうね"って約束するのに、最後はひとりになってしまう。"この世界では、死はすぐとなりにある、人はひとりで生きていかなきゃいけないんだ"って突きつけられる、それは物語の世界だけじゃない。結局、答えは誰も教えてくれないし、絶望して、自己憐憫の世界に耽溺していても、誰もどこにも連れていってはくれない......その感覚が、自分の中にあって。だから、この作品の中のどの曲も、「肯定する」も"私がなんでも教えてあげるし、助けてあげる"という意味ではない。最後には手を放して、"それぞれでちゃんと生きていこうね"と。書いているうちに、だんだんとそう思うようになっていったんですよね。