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INTERVIEW

Japanese

BRADIO

2014年07月号掲載

BRADIO

メンバー:真行寺 貴秋 (Vo) 大山 総一 (Gt) 酒井 亮輔 (Ba) 田邊 有希 (Dr)

インタビュアー:山口 智男

-貴秋さん以外の3人はブラック・ミュージックというバックグラウンドはあったんですか?

酒井:聴いてはいたんですけど、メロディックとかハードロックとかラウドロックとかをずっとやってきたんで、バンドで本格的に演奏するってことはなかったです。

田邊:僕もそうですね。ファンクってこういうビートだろうなっていうイメージしかなかったです。このバンドに入ってから、こういう音なんだとか、こういうグルーヴなんだとか、研究するってほどではないんですけど、ちゃんと芯を聴くようになりました。

大山:20代前半の頃はギターに関してはアンプに直挿しして、歪ませてなんぼだろうって考えてたんですよ。(ブラック・ミュージックに多い)カッティング・ギターのよさがまったくわからなかった。何が楽しいんだろうって(笑)。周りでやってる奴がいたんですけど、その熱意を語られても全然響かなかった。いやぁ、もっとパワーがあって、ずっしりしているギターがかっこいいでしょってずっと思ってたんですけど、前にやっていたバンドが終わって、家で1人でギターを弾くようになってから、そのおもしろさに気づいたというか、あ、かっこいいんだと思えるようになってからはどっぷりハマってしまいました。今はむしろ、カッティングかっこいいよねって(笑)。

-みなさん、このバンドをやるまでそんなに聴いたことはなかったとは思えないぐらいR&Bのフィーリングを自分たちのものにしているとびっくりしました。有希さんは研究したわけじゃないとおっしゃいましたけど、かなり勉強したり練習したりしたんだろうなと思ったんですけど。

大山:いやぁ、今現在もR&BとかAORとかの楽曲のクオリティの高さには感銘を受けていて、そのすごさに打ちひしがれないように必死にやっているってところはけっこうありますけどね(笑)。

-ただ、R&Bをやりたいわけではないんですよね?

大山:そうですね。R&Bのバンドをやりたいというコンセプトではなくて、自分らがやりたい音楽をやっていったら、たまたまそういうふうに見てもらえるようになったというところはあります。

-自分たちが思い描いている曲とかサウンドとかを奏でられるようになったのはバンドを始めてからどれぐらい経ってからでしたか?

真行寺:(『DIAMOND POPS』収録の)「Take Me Higher」だよね。

大山:そうだね。

酒井:2年ぐらい経ってからですね。

真行寺:『DIAMOND POPS』を作るとき、前のギターが辞めて4人になったことをきっかけに、楽曲もそっちにシフトしていったんですけど、これじゃねえかって手応えがそのアルバムを作ってる時にあって、結果『DIAMOND POPS』は自分たちでも満足できる作品になりました。

-貴秋さんって外国人の血が入っているわけではないんですよね?

真行寺:入ってないです(笑)。それ、よく言われるんですけど、僕の知るかぎりでは純粋の日本人です。

大山:純粋のって(笑)。

-前のバンドをやっていた時からかなり存在感はあったんじゃないですか?

真行寺:いや、なかったから売れなかったんですよ(笑)。

酒井:でも、歌はすごい上手でしたね。前のバンドの時から。

真行寺:元々、ヴォーカリストではなかったんですよ。ベーシストとして学生時代は過ごしてきたんですけど、なんとなく歌を始めたらベースよりもおもしろくなってしまって、それから本気でいろいろ勉強しはじめたんですよ。

-メロディック・パンクを聴く前にブラック・ミュージックを聴いていたんですか?

真行寺:元々、中学1年の時の英語の先生が英語の歌を聴きながら、歌詞の穴埋めをするという授業を毎日やっていて、そこで聴いたMichael JacksonとかStevie Wonderとか、その他にもTHE BEATLESとかCARPENTERSとか授業の教材として聴いた音楽が衝撃的で、そこから小遣いでいろいろなCDを買うようになりました。