Japanese
Mrs. GREEN APPLE
2022年12月号掲載
Writer 石角 友香
この世界は腐ってなんかいないと歌った「Attitude」=バンドのあり方をさらに明確にした新たなメルクマール的作品
2022年7月8日にミニ・アルバム『Unity』をリリースすると同時に、一夜限りの復活ライヴ"Utopia"を開催したことで、本格的なフェーズ2に突入したMrs. GREEN APPLE。新たなアクションとしては、11月9日に『ロマンチシズム』以来約3年半ぶりとなるニュー・シングル『Soranji』をリリースし、同日から"Mrs. GREEN APPLE Zepp Tour 2022 ゼンジン未到とリライアンス~復誦編~"で全国を巡っている最中だ。また、12月14日には前出のアリーナ公演のライヴBlu-ray/DVD『ARENA SHOW "Utopia"』もリリース、上映会も実施されるなど、話題に事欠かない。
今回はツアーでも披露されている彼らにとって新たなメルクマールとなりつつある「Soranji」について考察したい。12月9日より全国東宝系にて公開される映画"ラーゲリより愛を込めて"の主題歌として書き下ろされたこの新曲。これまでも様々なタイアップで楽曲を書き下ろしてきた大森元貴(Vo/Gt)にとっても、最も人間の尊厳や生きることそのものに対峙せざるを得ない作品だったと想像する。彼自身は作詞作曲の取り掛かりの段階では物語のアウトラインしかあえて読み込まず、映像も見ず、台本も読んでいなかったそうだ。だが、試写を見て、彼がこの物語を自分に引き寄せ、いかに普遍的なMrs. GREEN APPLEの楽曲に昇華することに腐心したのかが理解できた。映画は太平洋戦争が終結したものの帰国することができず、旧ソ連のシベリアの収容所(ラーゲリ)で過酷な肉体労働を強いられた山本幡男という、実在の人物をモデルに描かれた原作に基づいている。作品は戦争映画というより、いかに戦争によって同じ人間という存在が分断され、かつて持っていた希望や意志が粉々にされてしまうかを描く。しかし、山本という男はしっかりと情勢を把握し、そして生来の好奇心で生きる希望を失いかけていく仲間の、本来の力をあぶり出していくのだ。それが極端に抽出される時代と場所ではあるものの、大森がこれまでも描いてきたものの奥底にあったもの、そして同時に表現のモチベーションの核にも同質のものがあるのではないだろうか。
「Soranji」の歌詞は驚くほど捻りがない。"何とか生きて、/生きて欲しい。"という懇願も、"我らは尊い。"という主語も形容詞も1歩間違えたら"何を根拠に?"と言われかねない平易さを持つ。これらの歌詞は映画の物語、そして山本の生き方とも分かちがたいが、これまで大森が歌ってきたことの根拠を最も素直に綴る機会と決心のタイミングが重なったとも言える。もちろん、常に最初からオケも作り始める大森の作曲方法から考えるに、曲そのものの構成はシンプルですらある。大切に届けるためのメロディがあり、同時に仲間が守ってくれるような合唱があり、スケール感やゴージャスさの演出ではなく、自然を思わせる力強さや厳しさを描くためのストリングスがあるのだ。そのなかで孤独だが光るような存在として、序盤は遠くで鳴るような淡いピアノ、後半では力強くクリアになるピアノという変化も、アレンジ面で大きな役割を果たしているように感じられた。自分も人間である以上前向きなことばかり言えるわけでもないし、ドス黒い側面も、それに悩まされることも表現してきたバンドが鳴らす曲として、大袈裟な人間讃歌になるすんでのところで音楽としての品位を保ったことは、大森元貴としての意地かもしれないし、バンドが大人になったからこそできる表現でもある。映画は理不尽な時代を描いていることで人間の本性が発現しやすいのだが、むしろ現代のほうがただがむしゃらに生きることや、仲間や家族への愛を伝えきれずに日々を過ごしていることが多いのではないだろうか。しかし、あらゆることをあと回しにできるほど現代も安穏な時代ではない。コロナ禍、そして世界のどこかで絶えず起こっている地上戦、分断する社会。そんなに遠い世界のこととは到底思えないのだ。だからこそ、この主題歌は大森元貴という作家/表現者のもとに届いたのだろうとも思う。
ちなみに映画で主演している二宮和也は、Mrs. GREEN APPLEの「Attitude」をカバーしており、同曲は先のアリーナ公演の1曲目にライヴ初披露された。締めが"遺言"であるこの曲でこの世界は腐ってなんかいないと歌いたいと表明したこと自体が、Mrs. GREEN APPLEの姿勢なのだ。なんなのだろう、この表現者同士の共振は。もっと言えば、心の奥底でそう思ってやまない人の意志を束ねることが人前に立つ表現者の役割でもあり、彼らはそれを引き受けている。今回、「Soranji」が"ラーゲリより愛を込めて"の主題歌として書き下ろされた事実は、心ある表現者にとってのプロセスのひとつかもしれない。Mrs. GREEN APPLEの新曲でもあり、さらにもっと多くの若い世代が心の火種に気づくきっかけになりうると思えるのだ。映画を全編通して見たとき、大森が何に腐心したか、また必然的な言葉や音を見つけることができるだろう。
シングル『Soranji』を別の角度で考察すると、本作には2022年を象徴するヒット映画"ONE PIECE FILM RED"に提供したAdo「私は最強」のセルフ・カバーが収録されており、Mrs. GREEN APPLEフェーズ2の本格始動のきっかけを知ることもできる。同曲は活動再開に向けて最初に書かれた曲。バンド・サウンド主体でありつつ、アップデートされた彼ららしさがどこまでも上昇していくようなスピードで、ストリングスもホーンも旋風のように巻き込んでいく曲の強さが、まさに最強である。鳴っている音が同志のような感覚なのだ。
さらに3曲目の「フロリジナル」は香りにも音があり、音階ならぬ"香階"があることを生かして、バンドがプロデュースした香りから、曲が生まれた初めての試み。そのせいか1Aのメロディ・ラインはかなり実験的。アレンジも寓話を想起させるチェンバー・ポップのニュアンスを持っており、歌詞は自分なりの判断と嗅覚を結びつけた、新しい角度の内容だ。
フェーズ2に突入後、矢継ぎ早に現在進行形の楽曲やアイディアを披露してくれているMrs. GREEN APPLE。久々のライヴハウス・ツアーであるZeppツアーではフロアとの距離の近さもあり、エンターテイメントに振り切るのか? と思えたアリーナでのライヴや新しいヴィジュアル・イメージも、いい意味で更新しているようだ。今は今のリアルな姿を――キャリア屈指の率直で大きなテーマを持った「Soranji」も、きっとファンの顔が見えるライヴで、自信を持って届けられていることだろう。
▼リリース情報
Mrs. GREEN APPLE
10thシングル
『Soranji』
NOW ON SALE
[EMI Records]
【初回限定盤】(CD+DVD)
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※オリジナル・スリーブ付き豪華特殊パッケージ
※「Soranji」別冊フォトブック(24ページ)
【通常盤】(CD)
UPCH-80580/¥1,320(税込)
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HMV
[CD]
1. Soranji ※映画『ラーゲリより愛を込めて』主題歌
2. 私は最強 ※映画『ONE PIECE FILM RED』提供曲セルフカバー
3. フロリジナル ※香りと音のプロジェクト『PARFA TUNE』コラボソング
[DVD] ※初回限定盤のみ
Documentary -- Episode 2 "Soranji"(本作品の制作過程に密着したおよそ50分に及ぶドキュメンタリー)
配信はこちら
▼映画情報
"ラーゲリより愛を込めて"
12月9日(金)より全国東宝系にて公開
主題歌:Mrs. GREEN APPLE「Soranji」
監督:瀬々敬久
脚本:林 民夫
企画プロデュース:平野 隆
出演:二宮和也 / 北川景子 / 松坂桃李 / 中島健人 / 寺尾 聰 / 桐谷健太 / 安田 顕 ほか
ⓒ2022映画「ラーゲリより愛を込めて」製作委員会 ⓒ1989清水香子
公式サイトはこちら
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