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INTERVIEW

Japanese

渡會将士

2018年10月号掲載

渡會将士

インタビュアー:沖 さやこ

-音のハマりがいいから、いい意味で歌詞の内容に左右されない楽曲も多いと思いました。「Strawberry」はタイトルからすると甘い曲かと思いきや、歌詞を注意深く聴いてみるとものすごくシニカルというか、若干のいちごディスという(笑)。

小さいころ、誕生日にホールケーキを食べたりするじゃないですか。いちごがあるせいでうまく切り分けられないし、姉と妹で余ったいちごの争奪戦が行われて、それを見るたびに"もう僕の分まで食べてくれていいよ"と思ってた。ケーキにおけるいちごの存在理由や、いちごが好きな女性の気持ちがわからないんです(笑)。表面にあるぼこぼこと、その種が全部発芽したいちごとか......本当にヤバいなと。いちごが嫌いなわけではないんですけどね(笑)。

-わたしはいちご好きですし、争奪戦には勝ちたいですが、これだけいちごに苦言を呈されたとしてもリズミカルでちゃんと音楽に昇華されたのならば、とても好意的に受け入れられるのだなと思いました(笑)。

在日ファンクに「ダンボール肉まん」という曲があるじゃないですか。僕はあの曲が大好きで。"ダンボール肉まん"という言葉をあんなにかっこいいと思ったことはなかったし、ビートさえかっこ良ければ何を歌ってもかっこいいんだなと思いましたね(笑)。「Strawberry」はそのマインドに近いかもしれない。

-今作は少年のころの景色から現在まで、渡會さんの生きてきた風景が曲になっているのかもしれないですね。アルバムの前半は先ほど話していただいた背景からも見えるオープン・マインドな側面が強いですが、曲が進むごとにポップでありつつもディープになっていく感覚がありました。サウンドの感触も、太陽も燦々と輝いていて明るいけれど、ひたすら寂しくて切ない昼下がりのような......。

あははは! それは相当寂しいやつじゃないですか(笑)。

-(笑)歌詞で描かれている情景も必ず自分以外の人がいるけれど、その相手を少し遠くから眺めているような、絶妙な距離感があるなと思いました。離れる瞬間なのか、近づく瞬間なのか、どちらにも捉えられるというか。それでタイトルが"PEOPLE"というのも面白いなと。

ちょっと離れて自分が所属していたものを眺める......とか、そういう描写が多いかもしれませんね。それで"人々"というニュアンスが強いなと思って。現代人って感じですね(笑)。

-大切な相手と近すぎず遠すぎない絶妙な距離感を取るところは、渡會さんの本質的なところではないでしょうか(笑)。

そうですね(笑)。聴いてくれる方々は聡明で素晴らしいので、答えを全部出してしまうのは失礼な気もしているんです。歌詞にある言葉をヒントと思うか思わないか、どんなふうに受け取るかもおまかせ。それぞれの解釈でみなさんの生活のBGMとして生かしてもらえたら一番いいと思っています。そういう考え方が、歌詞の距離感にも表れているのかもしれないですね。FoZZtoneのときは真意が伝わらないと不安で仕方がなかったんですけど......今回のアルバムは聴いてもらえたら"あ、結構いいんじゃない?"と言ってもらえる気がするんです。僕がソロになってから僕のことを知ってくれた人も多いので、答えを明言しなくなったのはそういうことも影響しているかもしれない。気持ちが落ち着いたんだと思います。

-曲作りは夏もテーマになっていましたか?

制作が春から初夏にかけてだったのもありますし、秋に出るアルバムがひたすら夏ばかり歌っていても面白いかなと思って。終わった夏のことを思い出して聴いていただければいいかなと思いますね。それこそおっしゃったような、昼間に寂しい気持ちに近いものがあるかも(笑)。あと、ハワイに行けばずっと夏だし。このジャケットの写真はハワイで撮ったんですよ。この波打ち際のお姉さんは、たぶん撮ってる僕の後ろあたりにいた旦那さんとかを呼んでるのかな? と思うんですけど。

-歌詞で描かれている距離感と通じますね(笑)。

あははは、ジャケットは歌詞の可視化かもしれませんね(笑)。

-個人的な話ですが、ちょうど"FoZZtoneが休止して3年半か"と思っていたタイミングで今回インタビューのお話をいただいたんです。『PEOPLE』は渡會さんから"元気に楽しくやってるよ"というお手紙をいただいた感覚もありました。

バンドは"下手であってもこいつが演奏するからこのバンドの音になる"と制限を作ることで美しさが生まれたりもするじゃないですか。活動休止を決める前のFoZZtoneではメンバーの責任の所在が曖昧になったことで歯車が噛み合わなくなって、もっといろんなことをやってみたいと思っていた僕は、その制限を窮屈に感じてしまったんです。ソロ活動を始めて3年半かけて環境を整えて、自分のやりたいことだけでなく、自分では予想できなかったメンバーの不確定要素が加わって、改めてバンドらしいサウンドを作れたなと思いますね。制限ではなく、人からの協力でバンドが転がっている感覚があるんです。バンドの可能性を再び信じられている段階でもありますね。

-それは素晴らしいですね。今までやってきたことが結実してきている。

キャリアも重ねてきて、思いついたものをなんでもやれているぶん、作ったあとに"売れるかな!?"とハラハラすることもないんです(笑)。いろいろようやく整ってきた感覚がありますね。"すんげーいいアルバムできたから、まぁ聴いてやってよ!"と言えるものができました。