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INTERVIEW

Japanese

ビッケブランカ

2016年11月号掲載

ビッケブランカ

ビッケブランカ

Official Site

インタビュアー:秦 理絵

Billy Joel、Elton Johnなど、世界のポップ・ミュージック史に残るミュージシャンの系譜を引き継いだ現代のピアノマン、ビッケブランカがメジャー・デビュー。過去に何度か音楽事務所やレーベルに所属しながらも、日の目を見ることがなかった遅咲きの28歳。自分自身の音楽的ルーツを改めて見つめ直したビッケは"自分が何者であるのか"という自分探しの果てに、より深いところから湧き上がる音楽への憧憬と愛情を込めたデビュー・ミニ・アルバム『Slave of Love』を完成させた。"芸術は人に良い影響を与えるべきものだと思う"。そんな確信をもって語る彼の表情には、その音楽への自信が溢れていた。

-こういう才能が28歳まで埋もれていたんだな、と思いました。

開花が遅かったなと思います(笑)。

-開花してから、自分でも曲作りの手応えは変わってきたと思いますか?

変わりましたね。聴いた感じで耳触りがオシャレとか、サウンドだけでかっこいいとか、そのくらいの曲は昔からあったかもしれないんですけど。自分のやりたい音楽をデフォルメできるようになったのは最近なんです。だから、今ようやくメジャー・デビューできるのも納得の流れだし、今が一番調子が良いときだと思ってます。

-良い曲が書けるようになってきたきっかけはあったんですか?

3、4年ぐらい前までは根っこがなかったんですね。根無し草だったというか。そのあとにいろんな人に出会うなかで築いていって。僕は23、24歳のときに"タイスケ"っていう事務所にいたんです。

-そのころのビッケさんは音源もリリースして、"MINAMI WHEEL"にも出演してましたね。

そうなんです。でもうまくいかなかったんですよ。で、そのあと違う事務所の人と話すことがあって。そこのピアノを弾く人に"歴代のピアノマンの曲を全部聴け"って言われて、200枚ぐらいCDを貸してもらったんです。そこで、Stevie WonderとかElton John、Billy Joelとかを掘り下げていったんですね。"これがピアノか、こういう歴史があるのか"って思って、そういう根っこができたんです。結局、その事務所には入れなかったんですけど。そこは大事な時期でしたね。

-なるほど。たしかに今回のメジャー・デビュー・ミニ・アルバム『Slave of Love』からは、Billy Joelみたいな深いポップスの味わいを感じる部分はありました。

そういうことが2年前ぐらいにできるようになったんです。それでインディーズで2枚のミニ・アルバムを作ったんですけど(※2014年リリース1stミニ・アルバム『ツベルクリン』、2015年リリースの2ndミニ・アルバム『GOOD LUCK』)、それまでは好きなものをふわっと混ぜただけだったのが、どこの音楽史を継いでるかっていうのが見えてきたんです。歴史的な位置づけが狭まったというか。一般的に狭くなるのは良くないことじゃないですか。でも、ピッと狙いを定められたぶん、音楽史の中でいろんなことが自由にできるようになったんです。

-もともとビッケさんが音楽を始めたきっかけはなんだったんですか?

小学校のときから歌うことが好きな子だったんですよ。合唱コンクールの今月の1曲を一生懸命歌う、みたいな。昔から声はデカいし、目立ちたがり屋だったから、昼の校内放送とかでSMAPが流れたりすると、張り切って歌ったりしてましたね。

-歌には小さいころから惹かれるものがあったんですか?

そうですね。歌は好きでした。で、小学生のころ、親父がイルカとかのフォーク・ソングが好きだったから、その影響でフォーク・ギターを弾いてたんです。同時に、妹がピアノを習ってたので、それを弾いて遊ぶようなこともしてて。楽器に触れる機会が多かったですね。そこから中学校に入って、RIZEとかDragon Ash、洋楽だとLINKIN PARK、LIMP BIZKITみたいなミクスチャーとかを聴くようになったんです。自分でもミクスチャーっぽい曲をギターで作ったりしていて、そのころからメロディは大事にしてましたね。

-最初はギターからだったんですね。

そうなんです。大学のときに組んだバンドでギター・ヴォーカルもやったんです。それで21歳のときにバンドを解散して、一時期はソロで日本コロムビアと契約してました。でも、そのころにはギターが自分には似合わないし、しっくりこないなと思い始めるんですよ。だから1回ギターを置いて、ヴォーカルだけになったこともあったんです。それはそれで手持ち無沙汰なんですよね。で、どうしよう? ってなったときに、そういえば昔ピアノを触ったことがあったなと思って。そのときは大学生で時間もあるので、電子ピアノを買って、1年間がっつり練習をしたんです。そのときにBen FoldsとかBilly Joelを耳コピし始めるんですけど。"このスタイルや!"みたいになって、そこで曲作りもスムーズになりましたね。

-振り返ると、ずーっと音楽は好きで続けてきたみたいですね。

そうですね。

-自分は音楽を職業にするんだって思い始めたのは、いつごろだったんですか?

中学生のときかな。そのころには曲を作ってたんですけど、反抗期で一番擦れてた時期なんですよ。で、おかんが1年ぐらい実家に帰って、中学3年生にときに戻ってきて。それで、おかんの誕生日に曲を作ったんです。今思えば、よおやりますよね(笑)。一応、誕生日プレゼントとして曲を作ったんですけど、そしたらおかんが泣き始めたんですよ。"ありがとう。良かったわ、戻ってきて"みたいな。そこで、ちゃんと想いを込めた曲を初めて届けることができたんですよ。"もしかしたら、俺はそういう才能があるんじゃないか?"、"音楽で人を泣かせたってことは、笑わせられるだろう"って思ったんですよね。これはできるぞって自信を持てたんです。

-音楽をやめたいと思ったことは今までなかったですか?

それがないんです。普通に音楽がある、みたいな。音楽以外の選択肢がなかったんです。高校進学の時点で弁護士になるか、音楽家になるかっていう分岐点はあったんですけど。昔から口が達者だったので(笑)。どの学校の通知表にも"弁護士になれ"って書かれるぐらい、小賢しい子供だったんです。でも、"俺は音楽家になろう"って思った時点で一本道しかない。普通は26歳とかでうだつが上がらなかったら、だいたいやめたくなるじゃないですか。どうしよう? とは思ってましたけど、やめようっていう選択肢はなかったですね。