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INTERVIEW

Japanese

塩入冬湖

2020年10月号掲載

塩入冬湖

Interviewer:三木 あゆみ

-「ラブレター」は2014年の5曲入りの弾き語り音源に入っていたものなんですよね。以前の音源と聴き比べると、歌い方も温度感も全然違っていた気がしました。

でも、特に原曲をいじるつもりはなかったんです。この曲はこれくらいペケペケしているというか、物足りないくらいがちょうどいいなって思ってて。っていうのも初めて作って、自分で録音した曲だったので、下手にいじりたくないなぁって気持ちはありますよね。歌詞も一切変えてないですし。

-初めて作って録音した曲だったんですね。今作に収録する決め手はなんだったのでしょうか。

去年くらいからこの曲をよく歌うようになったんですよね。もう何年も歌ってなかったんですけど。恥ずかしいって感覚もそんなになくて、今でも、これを書いたときと同じことを、同じ状況になったときに思うんだろうなって感じたんです。あとは、今この年齢で歌ってみると、それはそれで皮肉じみてていいなって思ったので(笑)、今回改めて歌いました。

-「残花」はいろいろな解釈ができそうな曲ですね。この曲に込められているものも教えていただきたいです。

「残花」は昔の自分を供養するような気持ちで作った曲なんです。19~20歳くらいのときにコンビニでバイトしてて、バイトをしながらバンドもやってという生活をしていたんですけど、そのとき私、本当にどうしようもなくて。バイトもばっくれるし、スタジオにも行かないし、今だったら考えられないぐらいろくでもなかったんですよね。全部他人のせいにして、本当はうらやましいと思うものにもうらやましいって言えなかったんです。それでも、バンドに関しても人生に関しても、まだ自分はいろんなことをやれるのかもしれないっていう希望とか、まだ大丈夫って明るい気持ちも持っていて。その時期、そういう気持ちの狭間にいたから、すごくつらかったなと思うんですよね。本当にどうしようもなかったし、たくさん人に迷惑もかけたし、褒められたようなものではなかったけど、"あのとき私つらかったよね。今ならわかるよ"っていうか。そういうことを書いたんですよね。

-そうだったんですね。この曲の歌詞の中にある"諦めに慣れていく"という感覚って、塩入さんにとってどういうものなんだろうって思ったんです。

たぶん自分自身はポジティヴなんですよね。わりと明るい人間ですし。なので"はいダメ"って言われたときにじゃあ次はどうするかってことを考えるんですよ。そこで悲しんでる暇はないなって。諦めることひとつひとつにきちんと悲しんだり、未練を残したりしないことってあんまり良くないかなと思う反面、そうじゃなきゃやってこれなかったなとも思うんですよ。だからそこのコントロールってすごく難しいよなって。諦めること、きちんと巣立っていくことも大切だと思ってて、そこまで諦めることに対してネガティヴな印象もないんですよ。諦めるっていうか、選ぶってことなんだろうなと。

-そういうことだったんですね。あくまでもポジティヴな気持ちというか。そして「Time blue tiny」は"こういうことってあるよな"と感じられる曲でした。

私、ライヴ・ペイントとかをやってるイラストレーターのフクザワさんと仲良くて、イベントとかに一緒に出させてもらうときに、彼女の絵を見ながら曲を作るっていうのを何回かやってるんですけど。「Time blue tiny」もその流れでできたもののひとつなんです。自分のことじゃなくて、絵を見て想像して作るぶん、感情移入しなきゃ作れない部分があって。感情移入をしながら言葉を選んで、それを客観的に見て......って作っていったので、ある意味どっちの方面にも取れる言葉が作れたのかなとは思いますね。

-いろんな想像力がかき立てられる感じはたしかにありますね。ほかにも感情移入でできた曲ってあるんでしょうか。

最初は全然違ったんですけど、「Arrow」はそうかもしれないです。もともと、こういう曲にしたいなというのは自分の中にあって――主軸としては、相手の嘘に泳がされながらも、自分はここにはずっといることはできない、目に見えないものを信じ続けることはできないってことを考えて作ってたんです。でも、たまたま知っている人がちょうどそういう修羅場みたいなことに遭遇してて、その人が綴っている言葉とかをインターネット上で見たときに、申し訳ないんですけど"これこれこれ!"ってなって(笑)。その人に起きた事件の全貌は知らないんですけど、その人に感情移入して作ったなとは思いますね。

-今作は、「ラブレター」に"嘘も方便の優しき馬鹿"とあったり、「うみもにせもの」に"幾らでも嘘ならわたしがついてあげるわ"と出てきたり、今作だけでなくこれまでの作品も含めて、塩入さんの歌詞には"嘘"という言葉が多く登場する気がするんですが。

基本的に自分が嘘つきだと思ってるんですよ。でも、恋人に噓ついて浮気をするとかそういう嘘じゃなくて。結構、はったりで言ってることが本当の自分になっていくことってあるなぁと思っているんですよ。だから、嘘ってもしかしたら自分がなりたい自分を表しているのかなって感じてて。なので、相手がつく嘘がすごく自分に優しいのであれば、それはそれで一種の愛情だなと思いますね。嘘つくのってやっぱりつらいですし、体力がいることだし、その行為すら相手が自分に向けてくれなくなったときに愛情とか、優しさとか、思いやりって消滅するなって。自分本位になるというか。これは恋愛とかに関係なく、自分に対しても相手に対しても、すごく思うことですね。

-なるほど。嘘って良くないイメージばかりが先行していたんですが、今のお話を聞いてすごく納得しました。嘘と言えば、少し前ですがadieu(上白石萌歌)に提供された「よるのあと」に登場する"あなたが嘘をつかなくても/生きていけますように"という言葉も印象的でした。

"あなたが嘘をつかなくても/生きていけますように"は、いろいろ巡り巡っている自分の中の気持ちなんです。発端としては、自分の祖母が認知症になっていろいろなことを忘れちゃったり、会話とかもうまくできなくなったりして......そうなると、今までの自分とボケてきちゃった自分が半々でせめぎ合うから、すごく嘘つくようになるんですよ。"こう言ってたでしょ?"って言っても"いや、私は何も聞いてない"みたいな小さな嘘をつくようになって。家族はそれに憤りを感じるんですけど、ちょっとずつそれが悲しみに変わっていくというか。わかんなくなって、嘘をつくっていうのは自分もつらいよなって気持ちになっていって。そのときに、彼女が嘘をつかなくてもいい世界があればいいのになってずっと思ってたんですよね。

-そうだったんですね。

それで、何年か経ったあとに恋愛でもそれを感じたときがあって。私はその人のことが本当に好きだったというか、大切だなぁと思っていたので、その人は私にすごく優しく嘘をついてくれているけど、嘘を重ねることによって、自分の首が回らなくなってしまうんだろうなって感じたときに、この人が、私がいない世界線でも嘘をつかないで生きていけたらいいのになって思ったんですよね。これはたぶんいろんな人に向けて言えるんじゃないかなって。自分がすごく愛情を持てる人って、世の中にそんなにいないと思うんですよ。そういう人に出会ったときに思う言葉なんだろうなって感じて、自分の中でずっと大事にしてきた言葉だったんです。でも、なんかこの言葉を自分が歌うことには抵抗があって。そのときの私はそんなに優しい言葉を歌えないなと思ってたので、adieuに歌ってもらえて良かったなって感じています。

-そして最後の曲の「うみもにせもの」ですが、"あなたはハッピーエンドでした"とありますけど、これは1曲目「洗って」の冒頭にある"これから選ぶ全てはバッドエンド/かもしれないのに"と繋がる部分があるのでしょうか。

これ、実は全然狙ったりしてなかったんですよ。この前、他のインタビューでも同じように言ってくださった方がいたんですけど、そのときに"うわ! たしかに最初と最後に出してんなぁ"って気づいて。自分では気づかないことって多いなって思いましたね(笑)。

-そうだったんですか(笑)。でも最初から最後まで聴いて、ここでストンと腑に落ちるところがありました。そこがちょうど結びついたことで、作品としての意味は深くなっていきそうですね。

そうですね。1枚通して聴いてもらいたいなとはやっぱり思います。

-では、改めて今作を振り返って、どういう作品になったと手応えを感じていますか?

今回ゲスト・ベーシストだったり、FINLANDSでギターを弾いてくれている澤井(良太/EMPTY)君だったりが参加してくれて。ソロの作品は、自分が思っている以上のものが、毎回できあがるというのが醍醐味だなというふうに思っているんですけど、今回は自分でどこまでやれるのかっていうのもチャレンジとしてあるなかで、自分が作っていくオケだったり、言葉だったりとか、そこにすごく寄り添って作ってくれたみなさんのお力添えがあって、2020年に『程』という作品を作って良かったなと思えるような、すごく納得できるものができたなと感じています。ぜひみなさんにも聴いていただきたいですね。

-最後に、2020年も終わりに近づいていますが、今後はどのような活動をしていこうと考えていらっしゃいますか?

みんなそれぞれ頑張って、少しずつお客さんを入れてライヴをやったり、配信ライヴとかをやったり、いろんなことをされていると思うんですけど、フラストレーションが溜まっているなかで、今やらなきゃいけないことってそれぞれ違うと思うんです。我々は、FINLANDSとしての作品を作り上げられないまま上半期を終えてしまったので、次はその制作活動をきちんと形にして終えられるようにしたいと考えていて。レコーディングも始まる予定なので、何かを形にしていくという活動に振り切っていこうと思っております。