Skream! | 邦楽ロック・洋楽ロック ポータルサイト

MENU

INTERVIEW

Japanese

PEDRO

2020年04月号掲載

PEDRO

インタビュアー:宮﨑 大樹

BiSHのアユニ・Dによるソロ・バンド・プロジェクト PEDRO。昨年は1stフル・アルバムのリリース、初の全国ツアーと、本格的にバンドしての道を歩みだして経験と実力を積み重ねてきた彼女が、1st EP『衝動人間倶楽部』を完成させた。本作では、PEDROでの活動を経て変化した彼女の内面が、タイトル通り"衝動的"に作品へ反映されている。3作品目を完成させた現在の彼女に迫るとともに、全4曲リード曲、全曲MV制作、全曲先行デジタル・シングル・カットの本作について話を訊いた。

-PEDROとしての活動も積み重なってきていますけど、理想とするバンド像は見えてきましたか?

まだ全然見えてないですね。PEDROとしてライヴの場数を踏んでないのは大きいと思うんですけど、バンドとしての理想というのは全然まだ描ききれてないというか。自分がやりたいことを表現しきる、自分の思い描いているものを体現しきるっていうのはすごく難しいなと思っています。

-アユニさんが思い描いているものとは?

なんだろう......? 例えば歌詞では、思ったことを100パーセント書こうと思ってもうまくできなくて。考えて考えて表している部分があるっていうか、自分にはできないことがまだまだたくさんあります。

-今回のEP『衝動人間倶楽部』でPEDROとしては3作品目です。『zoozoosea』(2018年リリースの1stミニ・アルバム)は自身の思ったことを書いた、尖っていて、少し暗めなロック・アルバムでしたが、『THUMB SUCKER』(2019年リリースの1stフル・アルバム)では誰かになりきったり、他人を受け入れたりしてましたよね。そして今回のEPは、より聴き手を意識した、人に向けて発信をしている印象で。

そのときそのときの心情とか、感じたことを書いているので、PEDROを始めてから性格が変わったなっていうのは実感しています。『THUMB SUCKER』のときは特にそうで。意識的に分けているつもりはないんですけど、自然に変わっているんだと思いますね。最近はバンドに興味を持ち始めてから、反社会的とかではないですけど、衝動的に動いてる人間とか、衝動的にものを作ったりする人間に憧れを抱くようになっていて。私は怒られるのがすごく嫌いだったので、怒られないように、人に言われた通りにやって生きてきたんですよ。PEDROを始めて、バンドのライヴや人間性を観ていたりすると、感情的になってギターを投げちゃう人とか、弾きっぱなしで帰っちゃう人とか、もちろん音楽面でも本当にやりたいことをやっている人がいて。広く受け入れられたいと思ってるわけではない人とか、やりたいことをやってる人がすごくカッコいいなと。そういう憧れが大きい時期なので、"衝動人間倶楽部"という今回のタイトルもそうだし、"この4曲ともやりたいことをやろう"みたいな想いが土台にあるっていうか、そういう気持ちがありました。

-だから今回"衝動"がテーマになったと。前作(『THUMB SUCKER』)だと「EDGE OF NINETEEN」は衝動で作曲していましたよね。"衝動に身を任せる"ということに、手応えを感じている部分があったんですか?

「EDGE OF NINETEEN」では、初めて自分で歌メロを作るっていうのをやったんですけど、そのときは考えて音楽を作るっていうのができなかったので、完全に初期衝動だけで作ったものになっていて。でも今は"自分はこうがいいと思っているけど、聴く側はこういうのがいいのかな?"っていうのを考えるようになりましたね。衝動的に作ろうと思っても全然作れないときもあるし、考えて考えて、考え込まないとできあがらないものもあるし。難しいですね、音楽を作るっていうのは。

-『衝動人間倶楽部』は"衝動"がテーマではあるんですけど、衝動的に作れたのか、考え込んで作ったのかだと、どっちになるんでしょう?

うーん......どっちかと言うと考えたかもしれないです。衝動性のある人に憧れを抱いているけど、自分ではそういうのをあまりうまくできない人間なので、衝動で書いた風に見せかけて、めちゃくちゃ考え込んだなっていうのは最近気づきました(笑)。

-(笑)今回、歌詞の書き方がだいぶ変わりましたね、これまではパワー・ワードを意識的に入れたり、物語的だったりしていましたけど、『衝動人間倶楽部』ではナチュラルな言葉が使われているような気がしました。

聴く音楽が増えたことで"カッコいいな"と思うバンドがたくさん増えたんですけど、そういう人たちに共通する部分が、"直接的な表現"って言うんですかね? そういうのが多くて、歌詞を読んですぐに頭に入ってくるなと思ったんです。音として入ってくるだけじゃなくて、ちゃんと意味があるように聴こえてくるなと感じて。これまでは独特な表現をするのが好きだったので、パワー・ワードを入れるとかっていうのは意識的にしていたんです。だけど、過去に自分の書いたものを今になって聴くと、何言ってるかわからないんですよ。"なんでこんな捻くれた表現をしているんだ"とか、"もっとみんなに伝わるように書けばいいのに"とか思って。独特なワードを使おうとする自分のクセや、歌詞の書き方が嫌いになったので、今回の4曲はもっと直接的な表現をしようと思って書きました。

-直接的な表現をしていてカッコいいなと感じるのは、例えばどういうアーティストが思い浮かびますか?

この前PEDROでツーマンをさせていただいた"2"とか、2の古舘(佑太郎/Vo/Gt)さんが前にやっていたThe SALOVERSとか、ネクライトーキーの朝日(Gt)さんがすごく好きで。おふたりとも直接的な表現をたくさんしているんです。その書き方に意識的に寄せていったわけではないんですけど、自分のもとの考えと、その方たちが音楽で表しているものが似ているなって勝手に感じていて。朝日さんの、コンテンポラリーな生活というバンドがすごく好きなんですけど、最近、自分で作詞をして友達に聴かせてみたりすると"コンテンポラリーな生活みたい"って言われました。自然と影響されているんだと思います。

-サウンド面についてはどういう方針で制作していったんでしょうか?

今回は最初にデモを何曲かいただいて、その中から私がEPに入れたい曲を選んで、"もっとこうしたい"とか話していった感じですね。4曲だったので、いろんな顔を見ることができる曲にしたくて、まったく別のサウンドのものにしていきました。

-前作は海外のガレージ・ロックのエッセンスが濃かったように思えたんですけど、本作はそこに加える形で国内のオルタナティヴ・ロック要素も感じました。

自分が聴いていて気持ちいいのは、ガレージ・ロックやオルタナというジャンルに分けられているもので。ガレージっぽさのイメージは、前作でつけることができたと思っています。なので、ガレージっぽさは今回も残したくて。松隈(ケンタ/サウンド・プロデューサー)さんは、もっときれいなものにしたかったと思うんですけど、声の感じとかをめっちゃ歪ませてもらったりしていきましたね。

-ミックスの作業で意見を言っている映像が公開されていましたもんね。

すみません(笑)。

-なんで謝るんですか(笑)。

BiSHでは、そういうのが一切ないんですよ。BiSHだと、松隈さん、渡辺(淳之介/マネージャー)さん、SCRAMBLES(※松隈ケンタらによる音楽制作プロダクション)さん、avexの方が作ってくださっている恵まれた環境なので。でも、PEDROはできあがりまで入らせてもらってます。『zoozoosea』と『THUMB SUCKER』では、"こういうものにしたい"みたいな感覚がまだわからなかったんですけど、今回は"こうしたい"みたいなものが多すぎるくらいありました。すごく思うのが、自分のやりたいことはたくさんあって、完成形のイメージもたくさんあるんですけど、自分の技術が全然そこに至っていないということで。例えば作曲に関しても、ギターは全然弾けないし、ドラムの打ち込みも難しいし、結局自分ひとりでは何も作れないのがダメだなって......だから、学んでます。

-でも最近は、打ち込みで作曲活動もしているんですよね。

そうですね。ただ、全然思い描いているものにはならないです。"え、何これ全然違うじゃん"っていうものになります。だから、音楽を作ってる人はみんな頭おかしいんじゃないかというくらい、すごいなって思いますね(笑)。

-(笑)次の作品あたりで、アユニさんが作詞作曲、編曲までした曲が収録されるといいですね。

いやぁ、そうですよね。0から100まで作れたら最高です。

-ここからは曲について。「感傷謳歌」は、優しいサウンドと、地声っぽい、低めのキーの歌唱が合った温かい曲に仕上がっていますね。歌詞からは少し肩の力が抜けた、自然体な印象がありました。温かいサウンドからインスピレーションを受けて書いたんですか?

完全にそうですね。温かくて、聴いているだけでも前向きになれるようなサウンドだったので、そこで感じたことを歌詞にしました。"夢に届くまで泣いて"とか"やってやろうじゃないか"とか、今までの自分だったら口にも出さないし、考えもしないと思います。

-今となっては、それも自分の心の内から出ている言葉ですか? 前向きになったというか。

前向きになった......のかな。今までは、嫌なことがあったらすぐ"死にたい"、"逃げたい"、"消えたい"とか思っていたんです。今は、嫌なこととかつらいことがあっても"なんとかなるし、どうせ死ぬなら頑張ろう"みたいな感じで。今までだったら"どうせ死ぬなら、もう死にたい"って思っていたことが、ひどい言葉にはなっちゃうけど、"なんで私がこんなに死にたがらないといけないんだ、他の人間が全員死ねや"みたいなことを思えるようになって。

-そういうふうに変化したのには、どんなきっかけがあるんですか?

PEDROを始めたことで、ひとりで考えたり感じたり、人と接する機会が多くなったからだと思いますね。今まではBiSHの端くれだとかって思っていたんですけど、ソロになると一緒に立っている5人がいない状況なので、それがきっかけになっています。