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INTERVIEW

Japanese

岡崎体育

2019年01月号掲載

岡崎体育

インタビュアー:TAISHI IWAMI

岡崎体育が、2019年6月9日に開催するさいたまスーパーアリーナでのワンマン公演に先駆けて、3rdアルバム『SAITAMA』を完成させた。特筆すべきは、岡崎体育の存在が広く世に知られるようになったきっかけである「MUSIC VIDEO」「Natural Lips」のような"表現あるある"や、「感情のピクセル」のようなストイックなサウンドとライトな歌詞のギャップで魅せるような、本人いわく"ネタ曲"を封印したこと。たったひとりのミュージシャンが、さいたまスーパーアリーナの1万6千人のキャパを埋めるのは並大抵のことではない。それならば、これまでの経験の中で最も多くのファンを獲得できた手法に倣うことが得策なのではという考えもあっただろう。しかし岡崎体育はその選択を捨てた。それはいったいなぜなのか。

-前回の本誌でのインタビュー(※2017年7月号掲載)では、"メッセージ性は持っていない"とおっしゃっていました。しかし、どんなものでも発信した段階で何かしらのメッセージは放たれる。例えば「MUSIC VIDEO」(2016年リリースのメジャー・デビュー・アルバム『BASIN TECHNO』収録曲)も「Natural Lips」(2017年リリースの2ndアルバム『XXL』収録曲)も皮肉と言えば皮肉で、誰かの表現について考えるきっかけになっていることもあると思うんです。

今回の『SAITAMA』というアルバムに関しては、今挙げていただいたような"ネタ曲"みたいなものは意識的になくして、タイトルのとおりさいたまスーパーアリーナでワンマン・ライヴ(2019年6月9日に開催する"JINRO presents 岡崎体育ワンマンコンサート「BASIN TECHNO」")をするという自分の夢に対しての作品を作りました。その結果"自分語り"的な要素が強くなったと感じるんです。でも、おっしゃったように、意図はしていなくても、発信した時点でメッセージ性は出てくると思います。

-いわゆる"あるある"を巧みに音と映像で表現した"ネタ曲"である「MUSIC VIDEO」がブレイクして、アルバム『BASIN TECHNO』もヒット。それを受けて別のことをするのではなく、さらに被せて一発屋で終わらせなかったのが2ndアルバムの『XXL』。そしてここにきてネタで掴むというベクトルを排除したのは、なぜですか?

さいたまスーパーアリーナに1万6千人を集めるのって簡単じゃない。それに対するアプローチとして、今まではネタ曲で話題作りをして、岡崎体育という存在を知ってもらいたかったんです。じゃあ、それで僕のことを知ってくれた人たち全員が、ワンマン・ライヴにまで興味を示すかと言うとそうではない。なので、今岡崎体育のことを知ってくれている人に、さらなる深みに来てもらわないといけないと思いました。でないと、わざわざチケットを買って埼玉まで来るという行動には至らないんじゃないかと。

-"岡崎体育はただふざけているだけでなく、音楽的にもしっかりしている"というイメージはすでにあると思うのですが、どうでしょう?

じゃあ、本当にネタを入れなくても評価してもらえるかどうか。これは僕の音楽家としてのわがままとエゴでもあります。実は制作当初はネタ曲も用意してたんですけど、レコード会社の人にデモを聴かせるまでもなくボツにして、そういう曲はなしでいかせてほしいと話しました。

-ネタ曲を抜いて空いたところに対しての意識について、もう少し詳しく聞きたいです。

単純に作りたいものを作るってことですね。自分が撒いた種とはいえ、"人前に出て奇をてらって話題作りをしている人"というイメージが大きくなったことによって、正直いろんな気持ちの葛藤も生まれたんです。道化を演じている自分と、子供のころから思い描いていたミュージシャン像との間にはギャップがあって、そこを彷徨って出口が見えない時期もありました。

-どうやって抜け出したんですか?

京都でラジオをやってるんですけど、そこで岡崎体育の好きな曲をランクづけするコーナーをやったんです。結構コアなファンの方々が聴いてくれているということもあってか、そこには見事にネタ曲がひとつも入ってなかった。それはネタ曲なしで勝負しようと決意できたひとつの大きなきっかけになりました。

-1曲目の「No Touch Service Ace」はすごくファンタジックでドラマチックな導入トラックなんですけど、岡崎体育さんの声はすごく生活感があるので、ミスマッチが面白いなと。

さいたまスーパーアリーナのような大きな会場で、自分が登場したときに使うSEをイメージして作りました。

-そして続く「からだ」は、90年代のオルタナティヴ・ロックの情熱がDTMに集約されたような新型ミクスチャーですね。

これはさいたまスーパーアリーナを目指そうと思った2013年ごろに書いた曲なんです。そのときに売ってた自主制作の作品には入れてたんですけど、ライヴで披露することもなく、深いところに潜んでいた曲。"もし世に出すならタイミングは今しかない"と思って再度録り直しました。僕はそんなに音楽的な深い知識もないので、過去のものを踏襲してそれを自分の中で消化するということを、ほとんど意識していないんです。制作環境も劣悪だし、使ってるソフトも古くて音色もそんなにないし、そのなかでできることをできるだけやるっていうのが、感じていただいたようなことに繋がっているのかもしれないですね。

-ヒット曲もありますし、経済的には環境を変えることができたんじゃないですか?

新しい環境に適応するのが苦手で未だに京都の田舎にある実家暮らしで、昔から使ってる学習机の上で制作をしてるんです。東京でウィークリー・マンションを借りてやってみたこともあったんですけど、全然ダメでした。気持ち悪いんですよね。空間の感じとか音の鳴りとかが。

-この先もずっと今のままでやっていくのでしょうか?

いえ、さいたまスーパーアリーナまでが僕の中での第1章なので、そこまでは今のままで頑張ろうと。先のことはまだわからないですね。

-今はパソコンひとつで世界と繋がれる。だからこそ自分の住んでいる場所、目の届く範囲のコミュニティが大切にもなる。そもそも引っ越さなくてもなんでもできるから。そこはどう考えてますか?

京都や関西をレペゼンしているという感覚はないんですけど、地方から発信しているということに自分なりの気概は感じています。tofubeats君とかもそうだと思うんですけど、"地方から音楽を発信できるんだぞ"って若い人たちに伝わってほしい。これからは中高生でも、もっと小さな子供でも、いい曲を作ればどんどん世の中に出られる。"岡崎体育はこんなに劣悪な環境でもエビ中(私立恵比寿中学)とか関ジャニ∞に曲を提供できたんだぞ"って誰かの希望というか、安堵になればいいなと思ってます。

-とはいえ、様々なカルチャーの本丸が東京にあるという現実もありますよね。

別にレコード会社に所属しなくても、取材してもらっておいて申し訳ないんですけど、こういうインタビューを受けなくても、自分の言葉で自分の意見をどんどん発信できる時代なので、地方とか東京とか関係なくSNSや動画投稿サイトとかうまく使えばいいと思うんです。逆に、そこに嫌悪感を感じていたら商業音楽で飯を食っていくのは難しいとも思います。

-では、なぜ東京に本社のあるメジャー・レーベルに所属しているのでしょうか?

音楽を配信してそれを聴いてもらうという夢だけに留まらなかったというか、さすがにさいたまスーパーアリーナを個人が押さえるのは難しいですし、頼るべきところは素直に頼ろうと。あとは家族との約束もあります。"4年やってメジャーと契約できなかったら辞めて働く"って。親世代ってまだ"デビューこそが売れたってこと"っていう感覚じゃないですか。親族含めて自分の活動に納得してほしかった。

-そうですよね。サブスクリプションや新しいビジネス・モデルが上の世代に浸透するのはまだ先。"お茶の間に届くポップ"という意味でも大切なことなのかもしれません。そういう音楽でありたいとは思いますか?

はい、思います。あとは、メジャーに在籍していないと経験できないことですね。僕はミュージシャンという目線だけでこの業界を見ているつもりはなくて、A&R的な目線で物事を捉えようともしてるし、将来的にはプロデュース的なこともしたいと思ってるんです。そこで大きな会社の動きや音楽業界の回り方を自分の目で見て感じることができているのは、本当にありがたいですね。