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INTERVIEW

Japanese

PELICAN FANCLUB

2015年02月号掲載

PELICAN FANCLUB

PELICAN FANCLUB

Official Site

メンバー:エンドウ アンリ (Gt/Vo) クルマダ ヤスフミ (Gt) カミヤマ リョウタツ (Ba) シミズ ヒロフミ (Dr) 

インタビュアー:奥村 小雪

エンドウ アンリ(Gt/Vo)が紡ぐ歌詞には、心揺さぶるものがある。どこか現実離れしているようで、実は日常に密接に関わる歌詞。そんな詞を、PELICAN FANCLUBならではの多幸感溢れるメロディが煌びやかに彩っていく。Skream!では、早耳リスナーの間で話題の彼らにインタビューを敢行。4人のルーツから1stミニ・アルバム『ANALOG』に込められた意味まで、たっぷり話を訊いた。

-2012年に結成されたとのことですが、どういった経緯で4人集まったのでしょうか?

エンドウ:僕とカミヤマ君は同級生で、中学のときにバンドを組もうという話になって組んだんです。で、あるライヴハウスの楽屋で仲良くなったのがクルマダ先輩です。それが7年前かな。

-クルマダさんの方が年上なんですね。

エンドウ:そうですね。でも、そのライヴハウスで出会ったときに年齢を越えた関係になりました(笑)。

クルマダ:タメ口きいてたよね(笑)。"コイツ雰囲気あるな"と思って話しかけたら、好きな音楽がめっちゃ似てて。

エンドウ:そう。それで仲良くなって。そのあと、僕が当時やってたバンドとクルマダ君がやってたバンドがお互い解散することになって、ふたりでご飯を食べに行ったんですよ。そのときに"1年後、一緒にバンドやろう"っていう話をしていたんですけど、本当に1年後にバンドを組むことなって。

クルマダ:僕は、前のバンドをやってるときからカミちゃん(カミヤマ)とエンドウとバンド組みたいって思ってて、エンドウも僕がやってたバンドを見て"一緒にバンド組みたいと思ってた"って言ってくれて。"最高じゃん!一緒に組もうよ"みたいな話をして(笑)。

-そうだったんですね。

クルマダ:でもバンド組んで1回目に集まったとき、なぜか僕とカミちゃんだけでスタジオに入るっていう(笑)。エンドウ来なくて、なぜかふたりでセッションしました。

カミヤマ:懐かしいな(笑)。それで、シミズ君はクルマダ君と同じ大学のサークルの先輩後輩で、加入することになって。

シミズ:もともとクルマダ君と一緒に別のバンドを組んでたことがありまして、それもあって誘ってもらって。

-PELICAN FANCLUBというバンド名はどなたが考えられたんですか?

エンドウ:僕が考えました。僕、2011年の4月から2012年の3月までは空白の1年というか、学業に専念するためにバンドを組まなかったんです。でも当時流行ってたMyspaceに、ひとりで音源をあげようと思って、ソロとしてPELICAN FANCLUBという名前を使ってたんですよ。で、クルマダ君が勘違いして"バンド名がPELICAN FANCLUBだと思ってた"って言って、そのままPELICAN FANCLUBでいこうという話になりました。

-もともとはソロ名義だったんですね。名前の由来はありますか?

エンドウ:以前組んでいたバンドに「pelican」という曲があって、或るミイというバンドの田中さんから"ペリカン エンドウ"って呼ばれてたんで、PELICAN FANCLUBっていう名前にしました(笑)。

-みなさんのバックグラウンドについてもお伺いしたいと思います。ルーツとなるバンドを挙げるとすれば?

シミズ:自分は、高校生のころにTHE BLUE HEARTSに出会いまして、そのコピー・バンドからドラムを始めました。当時はもうTHE BLUE HEARTSは活動していなかったんですけど、パンク・ロックから音楽を好きになって。2年前くらいまでずっとパンク・バンドをやってましたね。でも、パンク以外にもいろいろ聴いていたので、PELICAN FANCLUBへの加入も抵抗とかはなかったですね。

カミヤマ:僕は、親がもともとスピッツとかが好きで、その流れで僕も聴いてはいたんですけど、中学生くらいのときにエンドウ君とその友達がやっていたバンドに誘われて。そこからいろいろ聴きつつ今の音楽性にたどり着いた感じですかね。ベースを始めたのもそのバンドがきっかけで。

-当時、カミヤマさんとエンドウさんが組んでいたバンドではどういう音楽を演奏されていたんですか?

カミヤマ:めちゃくちゃふざけてましたね(笑)。コミック・バンドみたいな感じでした。

エンドウ:僕は、小学生のころにBUMP OF CHICKENに感銘を受けたのがきっかけでバンドを始めようと思ったんです。それから僕らの年代が聴くような音楽を通って、洋楽に初めて触れたのはRADIOHEADかな?中学に入って、僕とカミヤマ君は漫画の"BECK"が好きで読んでたよね。

カミヤマ:うん。

エンドウ:"BECK"の扉絵って、いろんなジャケットのパロディになってるんですよ。で、その中に『The Bends』(RADIOHEADの2ndアルバム)のパロディもあって。それで、近くにあったリサイクル・ショップでたまたまRADIOHEADの『Kid A』(4thアルバム)を見つけて、聴いたんですよ。そしたら怖くてトラウマになっちゃって(笑)。それで封じてたんですけど、CDを整理してたらそのトラウマのCDが出てきたんです。でも、なんか怖いもの半分で聴いてみたら、"めちゃくちゃいいじゃないか"って。RADIOHEADがルーツっていうわけじゃないけど、そこから幅が広がったのかなって。

-RADIOHEADが洋楽を聴くきっかけになったんですね。

エンドウ:そうですね。ルーツでいうと、僕は洋楽と邦楽どっちにもヒーローがいるんです。邦楽のヒーローだと、平沢進さんがすごい好きですね。Twitterもフォローしてるんですけど、いまだに言ってることの意味がわからないんです。本当に、平沢さんが何を考えているのか、ぜひSkream!で取材をお願いしたい(笑)。

一同:(笑)

エンドウ:洋楽のヒーローは時代によって違うんです。高校時代は千葉県の鎌取っていうところに住んでいて、すごい黒歴史なんですけど"鎌取のThurston Moore"って名乗ってましたね(笑)。で、高校生の後半には"千葉のRobert Smith"って(笑)。

カミヤマ:抜けきらないローカル感がいいね(笑)。

エンドウ:で、だんだんそれに飽きて今はCOCTEAU TWINSのElizabeth Fraserさんが大好きです。影響はめちゃくちゃ受けてますね。