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INTERVIEW

Japanese

キタニタツヤ

キタニタツヤ

Interviewer:秦 理絵

今回のアルバムで"よろこびのうたを歌っていきたい"って言ってたのに、 3~4年後にはテロリストみたいなことを歌ってたら、それはそれで面白い


-アルバムに話を戻しますね。「振り子の上で」と「よろこびのうた」の両方に、"よろこびのうたを歌う"という同じ表現があるのは、どういう想いを込めているんですか?

最近のモードとして、どれだけ暗いことを歌っても、最後には前を向きたいっていうのがあるんですよね。それは『DEMAGOG』ぐらいから考えていたんですけど、その意識がずっと続いているんです。歌に限らず、物事を発信するんだったら、何かしら受け手にポジティヴな反応を起こさせるようなものであるべきだっていう考え方ですね。

-コースト(USEN STUDIO COAST)で観させてもらったライヴ([One Man Tour"聖者の行進"])でも、"みんなが背筋を伸ばして美しく生きていけるような歌を歌いたい"というようなことを言っていて。今はそういう意識が明確になったんだなと思いました。

あぁ、言いましたね。そういう意識の表れで、"よろこびのうた"って言葉をあててるんです。今まで自分は比喩に比喩を重ねて抽象的にいくことが好きだったんですけど、そうすると、どんどん難しい言葉になっていくんですよ。抽象的なまま簡単にするのが難しかったんですけど。"よろこびのうた"っていう絵本みたいなタイトルの言葉で、自分の言いたいことを抽象化できたのは、大人になったなって感じがします(笑)。

-特に「よろこびのうた」のほうは曲調としては暗いし、"生きることがへたくそだった"という悲壮感が漂う歌詞もあるけど、ちゃんと希望も残る余韻がありますね。

こんな暗い終わり方でいいのかなって思いましたけどね。今までのアルバムは暗い曲があっても、最後は全部ぶち壊すような激しい曲で締めてたんです。『DEMAGOG』の「泥中の蓮」とか。でも今回は「振り子の上で」にきれいに繋がるようにっていうのを考えて作ったので。もし曲順で聴いてくれるなら、ループして聴いてほしいです。

-他の新曲についても話を聞かせてください。「PINK」はTHEキタニタツヤだなと。

あ、やっぱりそう言っていただけるんですね。

-『DEMAGOG』を経たことで、こういうリズムを重視したファンキーでエッジの効いたロックが、キタニタツヤっぽい曲として確立されたんじゃないかと思ってます。

これは本当に何も考えずに作った曲なんですよ。タイアップを意識しながら曲を書くことが続いてたので。そこから解放されて、ただ好きなものを詰め込んだだけですね。

-"あの樹の下にはXXXが埋まっている!"は梶井基次郎(小説"櫻の樹の下には")だし、"誰かが歌ってた/神の手はにじむピンク"はミッシェル(THEE MICHELLE GUN ELEPHANT/楽曲「ドロップ」の歌詞)ですよね。

そうそう。これは「ちはる」の対として作ってるんです。桜を爽やかじゃない方向に捉えた作品っていったら、梶井基次郎は真っ先に思いつくじゃないですか。有名な作品だし。THEE MICHELLE GUN ELEPHANTも、急に思いついて入れました。伝わるのかな? って思うけど、伝わらなくてもいいやっていうぐらいの気持ちで。タイアップの曲は全部の言葉が伝わらなきゃいけない、ぐらいの強迫観念で書いてたから、こっちは意味わかんなくていいやっていう。こういうオマージュができるのは嬉しいです。

-6曲目の「夜警」はキタニさんの楽曲としては新鮮でした。ニュー・ウェイヴっぽいエッセンスを取り入れた疾走感のあるアレンジです。

ニュー・ウェイヴも好きだったので。あとは海外のインディー界隈かな。ギターが下手くそなインディー・ロックも好きでよく聴いていて。俺はこういう曲は作らないだろうなって思ってたんですけど。アルバムの曲が出そろってきたときに、さっきも言った通り、人に聴かれることを意識して作ったタイアップの曲が多かったから、アルバムでは自由なことをしようよっていうか。100人聴いてひとりが"いいね"って言ってくれたらいいなと思って、こういうジャンルに手を出してみました。

-歌詞は「聖者の行進」と対になるもので、都会のイメージと言っていましたね。

人間の群れが、人を救うのか、何の救いにもならないのかっていうことを考えて書いたんです。人がたくさん集まって社会というものを形成するけど、それが果たして喜ばしいものなのか、みたいな。どっちなのか自分の中では揺れ動いてる。それを「聖者の行進」と「夜警」で表してるんです。だから、このアルバムは、自分で言ったことを自分で否定するみたいな。そういうペアリングになっていたりもしますね。

-その揺れが人間らしさですよね。社会の冷たい一面ばっかり見ていると、この世界はクソだなと思うけど、大切な人に出会えると、この世界は素晴らしいなって思ったりして。

うん(笑)、人間ってころころ変わるし。結局、何が正しいかもわかってないですよね。

-細かい話なんですけど、「夜警」の最後に"葬列、葬列、葬列、葬列"って繰り返して歌ってるじゃないですか。

インパクトがありますよね(笑)。

-最初ちょっと英詞っぽくも聴こえてたので、歌詞カードを見返しました。

モーラとシラブルっていう考え方があるんです。ざっくり言うと、ひとつの音に1音の言葉をあてるのがモーラで、2音以上の言葉が入るのがシラブルで。日本語詞はモーラ的なんですよ。

-ユーミン(松任谷由実)の歌なんかはそこが特徴だと言われますよね。

あぁ、そうですね。例えば、ユーミンがモーラだったら米津玄師はシラブルです。シラブル的な歌詞を、僕はあんまり作ってこなかったんですけど。"葬列、葬列"のところは2文字がひとつの音に入ってるから、英語っぽく聞こえるんです。

-なるほど。

本当はこういう頭でっかちなことばっかり考えるのは良くないなと思うんですよ(笑)。もちろん頭でっかちで曲を作るのも素晴らしいことなんですよ。狙ったとおりのことができるから。でも、それはもうあらかたやったから、今はいったん感覚に振ろうっていうことが自分のテーマとしてあって。「プラネテス」はそうやって作れたんです。それなのに、シラブルがどうだとかモーラがどうだとか、誰も気にしないことを考えちゃうんですよね(笑)。

-このアルバムを作り終えてから、感覚に振り切りたいって考えるようになったんですか? それとも、アルバムを作ってるときから考えていたのか。

それも『DEMAGOG』のあと、人に聴かれることを意識しだした頃からずっとです。TikTokを見てると思うんですよ。あそこで反射神経だけで曲を作ってる人たちのバズりを見てるので。動物的な勘で人の心を掴めるのがすごくうらやましいんです。

-それも双極にあるものかもしれないですね。今後、長く音楽人生を続けていくうえでは、たぶん両方のスタンスが必要になるでしょうし。

たしかに。そのふたつがせめぎあった結果、いつかちょうどいいバランスになっていくのかなと思います。結局、感覚だけでやっていたら、1発はあたっても2発目をあてることはできないわけだし。今感覚側がちょっと弱いから頑張って持ち上げようとしてる。それは頑張って続けていきたいと思ってます。

-インディーズ時代にロックの衝動を詰め込んだ『I DO (NOT) LOVE YOU.』(2018年リリースのアルバム)があり、コンセプチュアルなメジャー・デビュー作『DEMAGOG』を経て、今作『BIPOLAR』が完成したわけですけど。自分ではどんな1枚として位置づけますか?

良くない言い方かもしれないけど、丸くなった感じはするんです。だけど、いい歳のとり方をしてるなと思います。今27歳なので、ロック・スターだったら死ぬべき年(※27歳で他界したスターたちが"27クラブ"と呼ばれている)じゃないですか。動物的な勘でやっていたロック・スターたちだったら死んでいく年齢を通りすぎて、その先を見ていくわけですけよね。今思うと、『I DO (NOT) LOVE YOU.』のテンション感で続けていたら、絶対にどっかで息切れしてたと思います。息切れしないでかっこいいロックをやってるチバユウスケ(The Birthday/ex-THEE MICHELLE GUN ELEPHANT)はすごいなと思います。ロックを聴くと"ジジイがかっこいいことを歌ってらぁ"って、僕はシラけちゃうことがたびたびあるんです。

-全然丸くなってないじゃん(笑)。

あははは! たしかに。自分は変化していく人が好きなんですよ。その変化を自分もちゃんとできているなっていう感覚がある。今は『I DO (NOT) LOVE YOU.』のときに想像していた3~4年後の自分とは、全然別のところにいると思うから、また3~4年後、今の自分が想定するようなところとは全然違うところにいられたら面白いなって思いますね。

-『I DO (NOT) LOVE YOU.』のときには、どういう未来を想像していたんですか?

"今の俺のままずっといくんだ"って思ってました。メジャー・デビューすることも考えてなかったし、未来の図が何もなかったです。今はそれを考えられてるだけでも大人ポイントですね。自分の音楽に棘がなくなってつまんなくなるのだけは嫌なので。今回のアルバムで"よろこびのうたを歌っていきたい"って言ってたのに、3~4年後には世間を呪ってテロリストみたいなことを歌ってたら、それはそれで面白い。今後どうなっていくか、ファンにも自分にも予想ができない自分でありたいと思います。

-さっきも言ったけど、こうやって話してると、やっぱりキタニさんの本質は全然丸くなってないと思いますよ。

そうですか? 「ちはる」とか「プラネテス」とか、小学生の自分が聴いたら卒倒すると思うんですけどね。"キタニ、J-POPをやってるじゃん!"って(笑)。

-たくさんの棘でできた球体って遠くから見たらただのきれいな丸に見えるじゃないですか。でも近くでよく見たら棘だらけだったりする。今のキタニさんってそういう感じな気がします。

あぁ、なるほど。いい例ですね。棘を棘のまま出しても誰も聴いてくれないから、なんとか伝える方法をずっと考えてきたので。一見、丸く見える作品を出せるようになったとしたら、ようやく伝え方がちょっとずつ上手になってきたのかもしれないですね。