sleepy.ab「二度寝する奴ぁ三度寝る」【第11回】
2013年01月号掲載
あれは忘れもしない高校を卒業し札幌に来た時の事だ。18の冬。
忘れもしないということは忘れたいという事に他ならない。
続けよう。根室から札幌に来たという事で少々おだっていた。これは北海道の方言で調子に乗ってるという類いのものだ。なぜここであえて『おだっている』という言葉を使ったか、それは『おだっている』がしっくりくるという事に他ならない。
道外の方は知らないと思うので一つ付け足しておこう。根室市というのは北海道の右端、というか最東端にある。距離でいうと根室=札幌間は453kmあり車での所要時間は9時間8分。これは車で東京から広島まで行けてしまう時間だ。
続けよう。なので根室から札幌に出るという事は割と勇気がいる。
上京するのとなんら変わらない。ではなぜ東京ではないのかと聞かれれば、東京にびびっていた事に他ならない。札幌でも十分びびってたのも事実。
まず田舎者だと悟られないようにお洒落になろうとする。まずここが一番田舎者的発想だということにはまだここでは気付かない。年中学生服とジャージを来て過ごした学生時代の6年間その他でいえば剣道着くらいか。
一ヶ月で貯めたバイト代をもって(一ヶ月しか続かなかった)イケてる風な店に足を踏み入れる。このお金でなんとか学校での週5日のサイクルの私服を揃えなくてはならない。入店するなり店員さんがべったりマンマーク。逃げても逃げても追っ手は追ってくる。店内を4周ご一緒したところでこれは避けられない宿命なのだとあきらめる。彼は彼の狩りを全うしているだけにすぎないのだ。そしてその狩りは成功する。結果は言うまでもないが言わせてもらおう。白いナイロンのパンツと白い革のベルトを残金は3万5千円。白いナイロンのパンツって。履いてる人見た事ないな。白いナイロンのパンツを何故に欲したのか。うっすら憶えているやりとりを。
店員『これヒップ・ハングなんですよ』俺『まじっすか!?ヒップ・ハングなんですか!へ〜。』店員『絶対一本あるといいですよ』俺『ですよね〜ヒップハングですもんね。』店員『この白い革のベルト合わせたら白のナイロンと白の革でかなり高度なお洒落ですよ。』俺『ほんとだ!』チャリーン¥¥¥というわけです。なぜ、あそこで知ったかぶりしてしまったんだろう。そもそもヒップ・ハングってなんなんだ?しかも店員さんはこいつヒップ・ハング知らねーなと多分気付かれていたはずだ。自分のなにがしかを守るためにはヒップ・ハングとやらを買うしかなかった。そうあの時もうすでに勝負はついていたのだ。この時にモード系で洒落込むプランは暗礁に乗り上げ残金でスエットなどを揃えしばしいかにも古着好きな人にならざるをえなかった。そもそも都会に住む人間というものは自然なのだ。長くそこに身を置く事でもはや自然に都会と一体化しているものなのだ。これは都会ぶろうとした者への洗礼なのだ。(絶対違う。)傷も癒えていないのにも関わらず翌日懲りずに美容室へ向かう。理容室ではなく美容室だ。札幌に来たから美容室なのだ。
雑誌に載ってたイケてる風な店ヘ。その雑誌に付いていたヘアー・カタログで気に入った写真の説明にはショート・レイヤーがどうとかこんとか書いてあったので担当に付いてくれた方にショート・レイヤーという良さげな言葉を連発した。さすがに担当の方も?になってた。しかし『ショート・レイヤーで』しか言葉を持ち合わせていない。今更方針は変えられない。何を聞かれても『はい、ショート・レイヤーで』『いいえ、ショート・レイヤーで』、もれなく語尾にはショート・レイヤーを付けてみる。そして彼の思うショート・レイヤーになっていく。結果求めていたショート・レイヤーとは違っていた。(ところでショート・レイヤーってなに?)2日で2度の知ったかぶりを繰り返してしまった。
自分の考えの甘さと悲しさに打ちひしがれている間もなく、追い打ちをかけるような事件は起こった。それは仕上げのセットの時だった。担当の方が涙を目に溜めた俺の顔に気付いたのか、挽回しようと張り切ってしまったのだ。スプレーを一本使うのかというくらいばっきばっきのスーパーサイヤ人みたいなスタイルに仕上がった。そして間もなく店を出された。確かに丁度、ビジュアル系が流行っていた時代ではあった。けれどもそれは別に自分には関係ないことだ。
そしてここは札幌の麻生(地下鉄の端っこ)。自意識過剰じゃなかったとしてもこのまま電車には乗れそうにない。まして歩いて帰れる距離でもない。髪を洗うしか残された道はなかった(多分ほかにもあった)。地下鉄のトイレに向かった。冬も終わりきれていない地下鉄のトイレは想像以上に寒々しかった。しかし迷っている時間はない頭を蛇口に押し付けた。めずらしく潔ぎ良かった。しかしその潔ぎの良さが裏目にでてしまう。その洗面所の水はセンサーで何秒か出て止まってしまい、またセンサーに反応するまで待つタイプのもので、その時代では最先端なものだった。しかし最先端なくせに冷たい水しか出なかった。真冬のトイレで頭を洗面所に押し付けたまま出ては止まり、またセンサーに反応してまた出る。その間の何秒間が永遠にも感じられる長さ。しかもなんとなく予想がつくと思うけどスプレー1本の壁は予想以上に厚かった。指が通る隙間など与えてはもらえなかった。段々と手もかじかんでいくし、その体勢は予想以上にきつかった。そうしてる間に何人の人が通り過ぎて行ったのであろうか。白いナイロンのパンツにスーパーサイヤ人ヘアー。俺は折れかかった心の中で必死に『知らねぇ』と繰り返していた。そしてこのびしゃびしゃな頭を拭くものがないことにも気付く。疑いもせず目の前にあったトイレットペーパーで拭く。。こういう時の思考回路というものはあってないようなものだ。目の前には地獄絵図。皆さんにも経験があるであろうティッシュを洗濯機にいれたまま洗ってしまった事。まさに鳥の巣。これが都市の洗礼かと思った(そんなことはない)。もう覚悟は決まった。歩いて帰る。最短でも2時間はかかるだろう、出来るなら人気のない道が望ましい、方角はどっちだろう?せめてもの救いは、外は大雪になっていてその中に鳥の巣を紛れさせることができたことだ。
かくして家に着いたのは5時間後。その長く険しい帰り道にひとつ誓った。美容室にはもう行かない、理容室にもだ。とんだ逆恨みなのは承知だ。不器用ですから。これから自分で切り開いて行くのだと次の日、結構な高いハサミを買った。
それから15年間自分でしか切っていない。いつかネタにつまった時『ショート・レイヤー』や『ホワイト・ナイロン』という新曲が出るかもしれません。
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