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INTERVIEW

Japanese

tacica

2018年09月号掲載

tacica

Member:猪狩 翔一(Vo/Gt) 小西 悠太(Ba)

Interviewer:山口 智男

猪狩翔一と小西悠太のふたりに、サポート・メンバーとして野村陽一郎、中畑大樹(syrup16g)を加えた4人編成のバンドとして、新たな可能性を追求し続けているtacica。9月28日から始まる全国ツアーに先駆け、今回リリースする両A面シングル『煌々/ホワイトランド』は、tacicaらしさの中にさらなる新境地が窺える作品となった。そこには作詞作曲を手掛ける猪狩の心境の変化が反映されているようだ。結成から13年、大きな飛躍が目の前に迫っているような予感も! 猪狩と小西が新曲について語ってくれた。


当たり前のことを歌うことで、結果、聴いてくれる人に気づきがあるっていう そういう意味でのメッセージはあるかもしれない


-前のシングル『ordinary day/SUNNY』(2018年4月リリース)とはまた違う一面が表に出てきたように感じました。今回のシングルはどんな作品になった手応えがあるか、まず教えていただけますか?

猪狩:両A面ということと、初回(生産限定)盤にはライヴ音源が2曲(「acaci-a」、「Co.star」)ついているという意味では、前作から地続きなんですけど。「煌々」は去年の秋の全国ツアー(2017年9月から11月にかけて開催した"tacica TOUR 2017「PLEASURE FOREST」")中に楽屋でわいわいしながら作ったんですよ。最初にできたリフに"いいじゃん、いいじゃん"ってメロをつけて、リハ前にみんなで音を出しながら作っていって。「ホワイトランド」の方も、その秋のツアーが終わったあと、年明けぐらいに家で作ってたらフル尺ができて。そのあと、4月の東名阪ツアー("tacica TOUR 2018「三大博物館 ~静と動の邂逅~」")で、最終日の大阪(4月13日のumeda TRAD)公演の終演後に、3公演すべて来てくれた人だけが観られる短いライヴをやったんですけど、その1曲目に「ホワイトランド」を弾き語りでやって。今回はそれをバンド・アレンジでレコーディングしたんです。だから、2曲とも今までよりもだいぶ濃い感じでライヴに密接しているというか、ライヴありきという感じはしますね。

小西:「煌々」は今までの自分たちにない、わりかし開ける印象の曲になりました。最初からアレンジの段階で"そういうふうに持っていこう"って話はしていて。「ホワイトランド」の方は猪狩が持ってきた時点で、開ける熱量じゃない、血が濃い感じの熱量があったので、それを崩さないようにベース・ラインも考えました。共通して、濃い2曲になっていると思います。

-今回の2曲は「ordinary day」同様、メッセージが明確だと思うんですけど、特に「煌々」は、「ordinary day」を書いたからこそこういう歌詞になったんじゃないかって。

猪狩:「煌々」に関しては、曲に呼ばれる歌詞を素直に書いたんです。最近、メッセージとか、"誰かに間違いなく届ける何か"みたいなこととかは全然意識してなくて。だから、ごくごく当たり前のことというか、"もうそんなことわかってるよ"ってことしか言っていない。普段、自分が生きているなかで思っていることを淡々と書いているだけで。それを、"こういうふうに感じてほしい"っていうのはないですね。むしろ日記に近い。だから、メッセージとは違って。

-なるほど。ぱっと聴いて、どんなことを歌っているかわかりやすいという意味で"メッセージ"という言葉を使ったんですけど、その言葉を使っちゃうと、意味が違ってしまいますね。おっしゃるとおり、「ordinary day」もそうだったように「煌々」もごくごく当たり前のことを歌っているんですけど、前作の「SUNNY」は聴き手を翻弄するようなところがあったじゃないですか。「煌々」で素直に歌った思いは、猪狩さんの中にどんなふうに湧き上がってきたものなんでしょうか?

猪狩:ただただ、あのリフやリズムに呼ばれる感じでした。自分の中にテーマになり得る単語があるんです。ただ、それってそういくつもなくて、例えば"紅い血"って、僕らの曲の中にはかなり頻繁に出てくる単語なんですよ。「煌々」のリズムって、本能的に感情を鼓舞するようなものじゃないですか。自分の中で感情を鼓舞する単語に"紅い血"があったりとか、"心臓"があったりとか。だから単語自体が曲に呼ばれている感じなんです。最近、人間って年齢を重ねると、当たり前のことにはあまり注目しなくなるんだなと思うんですよ。だから日々思っていることや当たり前のことを歌うことで、結果、聴いてくれる人に気づきがあるっていう、そういう意味でのメッセージはあるかもしれない。今、子供と過ごすことが多いんですけど、"どうして?"、"なんで?"って聞かれることに対して、明確に"こうだからだよ"って答えられることって実はあまりなくて。本来、人間って疑問を持つことが多い生き物なのに、どんどん疑問を持たなくなるというか、よくよく見ると不思議なことがたくさんあるのに、そうであって当たり前と思うようになるというか、そこに疑問を持つことに意味がないと諦めてしまうというか。そういう気づきの部分は最近、作る曲に多分に含まれている気がします。

-「煌々」の跳ねるリズムって、歌詞にある"鳴らして 鼓動を"や"心臓が思いの丈を刻む"という言葉からの連想でそういうふうになったのかと思っていました。

猪狩:リズムが先でしたね。