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INTERVIEW

Japanese

ReN

2016年06月号掲載

ReN

インタビュアー:白崎 未穂

幼少期から自然と音楽に触れる環境下で育ったReN。12歳のときにレースの世界へ飛び込み、プロとしてカー・レーサー生活を送っていたが、レース中の事故で活動を断念せざるを得なくなり......。"昔から弾いていたというギターを持って、本格的な音楽活動をスタート"と書くと、簡単に音楽を始めたかのように見えるが、そこには計り知れない想いがあったという。22歳という若さで、人生の酸いも甘いも経験してきたReNだからこそ生み出すことができた9曲。フォーク直系、シンガー・ソングライターの真骨頂を、身体全体で感じてほしい。

-小さいころからギターを弾いていたそうですが、音楽との出会いは具体的にいつだったんですか?

小学2年生のころ初めて観た映画が"バック・トゥ・ザ・フューチャー"(1985年公開)だったんです。あの映画には、僕が当時興味を持っていた"音楽"と"車"が入っていたんです。特に音楽が好きだったんですけど、時代を行き来するストーリーだったので、オールディーズの曲から、当時の新曲も使用されてたのが面白くてカッコよかったんです。それを観て僕はBob DylanやChuck Berry、Eric Clapton、HUEY LEWIS & THE NEWSなど、その時代の音楽を聴いて小さいながらも"なんかいいな"と感じて。それで、とにかくChuck Berryの「Johnny B. Goode」(1958年リリース)をやりたくて音楽教室にギターを、ブルースを教えてもらいに行きました。

-音楽教室だったんですね。そもそもギターに出会うのも早いですが、作詞作曲も早い時期にやっていたとか?

ギターで人の曲は弾けるようになったし、歌えるようにもなったので、"じゃ、今度は自分の曲を作ってみよう"ってことで、音楽教室の先生に助けてもらいながらも自分で書いてみようと。それで、初めて"いつもそばにいてくれた人"という曲を書きました。まだ初恋も経験していなかったので、当時病気で亡くなってしまったペットのインコを擬人化して書いてみました。今聴くと恥ずかしいですけど(笑)。ただ、それからずっと音楽をやり続けたか、というとそういうわけではなくて。自分が小学2~6年生までは、週に1、2回ギターを習ってたんですけど、小学生なのでサッカーもやってたし、ギターも習いごとのひとつとしてやっていました。

-12~20歳までカー・レーサーとして生活を送っていたそうですが、これはどういうきっかけで?

さっきも話した"バック・トゥ・ザ・フューチャー"に車が出てくるので――本当にあの映画は大好きだったんですけど、当時はとにかく音が鳴るものと速く動くものに興奮させられていましたね。それで、小学4年生のときにたまたま鈴鹿サーキットまでF1を観に行く機会があって、今まで見てきた世界とレースの世界がまったく違うことに驚きました。当時10歳だったので、エンジン音はもちろん、ヘルメットの隙間から見える命をかけている男の人の目とか、すべてが新鮮で強烈で、そういうものがすごくショックでした。あと、音楽が必ず結びついていましたね。音楽が雰囲気を盛り上げるし、そこにエンジン音が乗ることですごい空気感を作り出していて。それで、自分の将来の夢として"必ず自分が選手になって鈴鹿サーキットに戻ってきたい"とすごく思って、音楽ではなくそっちの方向に邁進していきました。それから下積みを経て、プロのドライバーとして企業にも所属することができました。ただ、これからというときに、背中に大怪我を負ってしまって、レースに一定期間出られなくなったんです。

-そうだったんですね。

腰がヘルニアになってしまって、完治するまでに1年かかると言われて。その1年間って結構つらい時間だったんですけど、休んでる時期にまたギターを触るようになりました。モータースポーツって、練習したくてもできないスポーツですし、いろいろと歯がゆかったですね。仲間から"今日はここでやってる"とか聞くと焦りがすごかったし......自分の身体もどうなるかわからなかったので、とりあえず手に取ったのがギターだったんです。弦を張り替えて、最初に覚えた"Am(エーマイナー)"を弾いてみたら、そのAmのコードが自分の心境にぴったりハマッて、そのとき思っていたことがブワーッと出てきたんです。自分を表現する場所や、自分が胸を張れるものがなくなったことがすごくショックで。でもAmを弾いた瞬間、今のこのエネルギー、爆発させることができるかもって。そう思って作った歌が「生きる」(Track.7)でした。そこから僕は、歌を歌うことで、どれだけ自分のモチベーションをプラスに変えていけるかを改めて知りました。レースをやっていたころも音楽は必ず聴いていたし。自分の精神が左右するものって音楽だったんですよね。気分が落ちたときに気分を上げてくれるのは音楽だったし、涙を流すときも音楽を聴いていたときだったし。そういう、感情を左右できるものって音楽しかないなと。

-たしかに音楽は自分の感情を左右させますね。

あんなに落ち込んでた自分が、ギターを弾くことによってすごく浄化される。"薬"のようなプラスのエネルギーを感じたんです。それに、声を出すということが精神的にも良くて。溜め込んだものを言葉にしてそれをメロディに乗せると、さらに感情を乗せられるんです。普段言えないことも、音楽に乗せたら言えるし。特別なことではないけど、自分が一生懸命やってきたレースで起きた現実も紙に書いて、そういうことをなるべく歌にしてみたり。じゃ、今度は"人が聴くとどう思うかな?"と思ったので、ライヴハウスで歌ってみようと思いました。右も左もわからない状態だったので、よくライヴをやってる人に"ステージに立つにはどうしたらいいか"って聞いたら、"普通ならデモ・テープをライヴハウスに持っていって、店長さんが気に入ってくれれば、歌わせてくれると思うよ"と。実際にデモ・テープを持っていってみたら"いいじゃん! 歌ってみなよ"って言ってもらえたんです。

-ちなみに、どこのライヴハウスだったんですか?

下北沢440だったんですけど、実際に歌わせてもらったら酷くて。"俺、なんでこんなに緊張してるんだろう、俺は今まで何を――"という感じで。でも、マイナスだった自分がひとつ新しい自分になった気がしました。もちろんお客さんなんていなかったけど、人前に立って自分が作った歌を歌ってるっていうことがすごく新鮮で。そういうことが自分にとってプラスになっていってるので、このまま自分に向けて歌っていこうと思ってやっていたら、だんだんと曲ができていって、そのうち共感してくれる人もチラホラでてきて――という感じです。