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LIVE REPORT

Japanese

阿部真央

Skream! マガジン 2022年07月号掲載

2022.06.02 @EX THEATER ROPPONGI

Writer 石角 友香 Photo by 上山陽介

もはや『まだいけます』(2020年1月)のリリース・ツアーが延期された末の念願の単独公演という立ち位置で済まない、この2年に起きた変化をすべて体現した途轍もないライヴだった。その月日が育んだ攻撃性をも包摂した阿部真央という海にアップ&ダウンしながら、自らももがいたり泳いだりしたような心地よい疲労感に見舞われたのだ。"まだいけます"というか、"阿部真央はどんどん先に行ってます"状態だったと言うべきか。

久々の再会に全国から集まったであろうファンの興奮は声を出せないぶん、集中力に転化され、そこにカツカツとヒールの音が響くという、ゾクゾクする幕開け。アコギを構えて弾き語りで絶唱に近い「dark side」から始めるという、緊張感に満ちたライヴを象徴する選曲。バンドと共に鳴らした1曲目も怒濤の言葉数を繰り出す「お前が求める私なんか全部壊してやる」だし、まだ3曲目だというのに食らいついてくようなテンションをフロアに求める「まだいけます」が五臓六腑を揺さぶる。音源に近い枝葉をつけない潔いライヴ・アレンジも小気味いい。どんどん曲をやる、歌う。それ以外に何が必要なの? と言わんばかりのエネルギーが放出されている。彼女の怒髪天を抜く歌唱力は言わずもがなで、歌えることは当然とばかりのスタンスに、観ているこちらも本気を出さずにいられなくなるのだ。

"東京! やっと会えたね!"と、大きな笑顔と共に届けられた「pharmacy」のサビ"誰にも譲れないもの 守る為変わっていこう"という歌詞が胸の真ん中に届いて、気づくとマスクの中で涙と鼻水の洪水状態になっていた。ライヴで聴くのは初めてだというのに。『まだいけます』からの選曲に続いて披露された「ふりぃ」の爆発力が、単にデビュー時からの人気曲の枠に収まるものではなかったのは、この流れで聴いたことが大きい。しかし阿部真央のアコギのシールドは何十メートルあるのだろう。縦横に動けるための自由を示唆する長さに見えた。

"みんなに会えて嬉しくて間違っちゃった"と、MCでは素を見せつつ、演奏ではすぐスイッチして曲の世界に入る集中力もこれまでと何か位相が違う。迫力のヴォーカルから一転、幼さや甘さすら感じる「どうにもなっちゃいけない貴方とどうにかなりたい夜」では、タンバリンを叩きながらピン・ヴォーカルで披露し、歌い出しの"ほんとに?"をコケティッシュに決めて、ハードな「テンション」へ。歌の高低差と劇的に変化するライティングの息もぴったりだ。恋する女性の繊細だったり激烈だったりする心象は、ひと続きの感情としてライヴでも表現され、「morning」での、アコギ弾き語りでの静かな独白から絶唱への心の動きに打ちのめされる。この曲も潔いエンディングで、呆気に取られているうちに、シューゲイザーのニュアンスもあるギターが迫る名曲「今夜は眠るまで」で、激情をなだめていくような展開を見せた。ブロックごとの組み立ても曲の流れも映画を観ているような連続性が没入感を深める。

ステージ上にエレピがセッティングされ、自ずと新曲「Sailing」が披露される予感がしたのだが、ドリーミーな音色にスタッフを呼び"これ、どれ?"とイントロを弾き直す場面も。それでもシンセ・サウンドや背景のドレープに光が当たり、まるで森林のように見える演出も相まって深い世界観に一瞬で入り込めた。続けてピアノ・メインの「ふたりで居れば」で、ピアノからの曲作りの成果を自身の演奏で伝えてくれた印象だ。

音楽的なレンジの広さを続々と曲を披露することで体感させる潔さに、つくづく痛快な気分になる構成だ。現行のR&Bのニュアンスを取り入れた「I Never Knew」ではピアノを弾き、立ち上がりステップを踏み、エンターテイナーぶりを発揮。コシとコブシが効いた声質はR&Bテイストの楽曲に似合うし、跳ねる「K.I.S.S.I.N.G.」にも似合う。一気に会場に夏の空気が充満するようなポップさもいい。再びアコギを構えると、シュアな8ビートに乗る「どうしますか、あなたなら」が、ファンの自問自答を解放するような突破力を見せたのも痛快だ。

高い集中力で14曲演奏し、少し長めのMCでこの2年を振り返り、"阿部真央らいぶNo.9"をなかったことにせず、ツアーはできなかったものの、『まだいけます』を軸にしたライヴを実現したかった思いを語る。さらに、コロナ禍で思うように活動できなかった2年の間にも、制作には恵まれていたといい、社会問題にも思うことが多かったという話も。そんななかで自分が持っている特性、考え方や身体、人種や属性、それで挑んでいこうと書いた曲だと「READY GO」を紹介。曲調はこれまでの彼女のラウドなギター・ロックに属するが、歌詞の深みとリスナーへの問い掛けが鋭い。続く「答」の説得力もひと連なりのものとして届いた。

同じマインドでハード・モードからポップ・パンクな「君の唄(キミノウタ)」へ繋がったのもいい。さらにイントロから待ってました! とばかりにリアクションが大きくなる「モットー。」。彼女の喉の強さにも圧倒されるが、おそらく指定席からでも全力でエネルギーを送るファンのグルーヴを、正面から受け止めているからだろう。終盤は"あぁ、阿部真央のライヴに来たな"と思いを深くするお馴染みの「I wanna see you」で2階席も大揺れ。パンカビリーな「ポーカーフェイス」でもサビで起こるジャンプは衰え知らずだ。

歓喜を爆発させたあと、"気づかれたでしょうか、今日20曲やりました。次でバンドさんとやる曲は最後になりますが"と話し、いくつになってもこの切なさの瑞々しさは不変だな、この素直な心がファンにとっても原点にあるのだろうなという気持ちの交換が、「ロンリー」を通じて行われた。

バンド・メンバーに大きな拍手が贈られ、再びエレピが運ばれたステージで彼女は"アンコールで引っ込んでる時間がもったいないから"と、そのままライヴを続ける理由を話す。そこで、秋のツアーの発表と、アルバムは難しそうだが新曲は何曲か出せるかもと報告。そして、まだプリプロもしていない、スタッフすらもこの日のライヴ・リハで初めて聴いたであろうという"Who Am I"と名付けられた新曲を披露。歌い始める前の"今日は1曲目で「それは愛じゃない」という曲で始まって、最後が「それは愛じゃなかった」という曲で終わります"というMCに、偶然かもしれないが1本の筋が通った。ピアノの弾き語りスタイルの状態がどうアレンジされていくのかはわからないが、"それは愛じゃなかった"というメインの歌詞を軸にシンプルに展開し、抑揚の効いた深みのある声と現代的なバラードの組み合わせに、どこかADELEやカバーでも取り上げたSIAを想起させる新しさがあった。

生配信はここまでで、ラストはライヴでしか聴けない「母の唄」で終演。新曲に明快だった、ここからさらに内外のジャンルを越えて、ひとりのシンガー・ソングライターとしてスケールを増していくであろう阿部真央を見た。日本のポップ・シーンでの見え方も今後大きく変容しそうな興奮を残して。

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