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LIVE REPORT

Japanese

阿部真央

Skream! マガジン 2019年03月号掲載

2019.01.22 @日本武道館

Writer 石角 友香

阿部真央のメジャー・デビュー10周年を記念する日本武道館公演は、ひたすら歌が大好きで歌いたかった少女が、この10年で正真正銘のシンガー・ソングライターになり、セルフブランディングをし、音楽によって他者の人生に寄り添うところまで成長した今をエンターテイメントに昇華した見事なものだった。

10周年を象徴するような映像がステージ両サイドのヴィジョンに映し出され、優しいムードに包まれた武道館の空気を切り裂くように勢いよく登場した阿部真央は、花道からセンター・ステージに向かって走り歌い出した。そのオープニングが同じ場所に止まっていられない彼女のスタンスに重なり、歌う前から五臓六腑を震わせた。しかも1曲目は「デッドライン」。自分の足で立ち、生きる、女の覚悟――今の彼女が歌うと前向きな宣言に聴こえた。間髪いれずアッパーな「Believe in yourself」、ひと際大きな歓声が上がった「ふりぃ」で武道館を圧倒。
そして、ステージの両袖ギリギリまで歩み寄り、スタンドの上のファンにも手を振りながら「K.I.S.S.I.N.G.」を歌うと、"大好きな人と作った曲です。この時間は武道館をダンス・フロアにしましょう!"と言って披露したのは、岡崎体育がアレンジを担当したエレクトロなダンス・ナンバー「immorality」。カラフルでシャープな照明も相まって、フロアもスタンドも思い思いにステップを踏み、ジャンプする様子が壮観だ。さらに、阿部真央のイメージの軸のひとつであるモダン・ロック・サウンドがバンドとの息の合ったプレイで顕在化する「19歳の唄」と、序盤から彼女が様々な"ジャンルという衣装"を着こなしてきたことがスムーズに理解できる展開で、10年の後半の5年間で阿部真央がチャレンジしてきた音楽性の幅を自然と理解できるタームとなっていた。そして、切実な思いの発露としての歌の純度の高さは、隠れた名曲「morning」の披露で前半のピークを作り出していた。ちなみにこの曲を歌い始める前、静かに次の曲を待つ武道館にアコギのチューニングをする音だけが響いた瞬間、暗転していて姿は見えないが、集中する凛々しい彼女の表情を想像してしまい、開演時同様胸がざわついた。熱演に感動しているだけではなく、ともにこの時間を過ごしている感覚からだろうか。この日、何度もそんな瞬間が訪れたのだ。

その後、5周年時の武道館公演でのMCの場面が流れたのだが、"シンガー・ソングライターとして5年も活動できると思っていなかった"と言っていた場面を切り取っていた。怒濤の5年を駆け抜けてきた当時の彼女は、当然と言えば当然だが、今とは覚悟の質が違うように見受けられた。

白いドレスに着替えて再登場しての1曲目が「母である為に」なのは、5年前と最も大きな違いを如実に物語る選曲だ。淡々とした歌唱に逆に強さが滲み出る。ピアノ1台で歌う「Don't leave me」や、ピアノとチェロのアレンジで送る「いつの日も」でも、静かな決意が伝わった。さらに、徳澤青弦率いるストリングス隊の豊かなアレンジで新生した「キレイな唄」と「側にいて」を届けていく。

"10年いろんな曲を作り続けてきたけど、こうしてみんなが楽しんでくれているのを見るとそれが答えなのかなと思う"と、なんのために歌を作っているのか、これを続けていくことは当たり前のことではないのではないか、という先ほどの5年前の武道館でのMCの続きが語られたように感じた。その短いMCを挟んで、さらに徳澤のアグレッシヴなアレンジが冴える「マージナルマン」で情念を新たな形に昇華し、バンドとストリングス隊のアウトロ中に本人はステージをいったんはける。圧倒的な歌唱力を誇る彼女だが、技巧に走ることなく、歌の核心を届けることに全力を注ぐのみ――それが阿部真央の歌い手としての客観性であり才能だと思い知る。

3度目の衣装替えではおなじみの白のツナギで登場。ここからはデビュー当時から今を繋ぐ阿部真央の初期衝動に満ちたナンバーが一気に続く。思わずクラップしたくなる「loving DARLING」、去年この曲を作ったことで再び歌うことの楽しさに目覚めた、ある意味再生の1曲「なんにもない今から」を歌う彼女の表情の清々しさ。カウパンク調のビートに乗って歌う「ポーカーフェイス」。そして、今の阿部真央とファンにとってすでにビッグ・アンセムになっていることを知らしめた「変わりたい唄」。性別を超えてロック・ヒーローにしか見えない。もっと自分を生きたい――10周年を前に再び入ったスイッチがこの曲を生み出し、ひいては今のタフな阿部真央を形成し、もっと言えばこの日のテンションに繋がったのだ。10年活動しているから自動的に大規模なアニバーサリー・ライヴをやれるわけではないのだ。歌詞そのままの気持ちで歌っているであろう彼女の表情を見ていると、昨年このシングルがリリースされたことを心底祝福したくなった。生き方の軸を歌う「モットー。」が以前よりリアルに刺さったのも、もっともなことだと思える。センター・ステージの突端で膝をついて全力で歌いきった姿に再び心が震えた。

中盤のストリングス隊との共演など新しいことにも挑んだライヴを振り返りつつ、"今日、ほんとにいいライヴができているし、こういう場にいられることが嬉しい"と、決して当たり前のことではない今日に感謝し、メンバー紹介をすると、渾身の"行けるかー!?"を武道館全体に投げ掛け、素直な気持ちを歌う「ロンリー」を本編ラストにセットした。痛烈な拒絶の「デッドライン」で始まり、恋しさの究極の「ロンリー」で締める。なんて彼女らしいのだろう。

鳴り止まないアンコールに応えて登場した彼女は、そこここから上がる声に"聖徳太子並みの反応"で答えながら、"音楽は聴く人のその都度の気分に寄り添うことができるコスパの高いものだ"と、さらっとスタンスを語る。自分の名前で出すものに責任を持ち、それ以降は各々楽しんでほしいという態度に背筋が伸びる。18歳から28歳という、人間としても女性としても変化や悩み、成長の幅も大きな10年を過ごしてきた彼女は、この日一切ウェットな表情を見せなかった。ダブル・アンコールで、プロへの道を歩き出すきっかけになった曲であり、ライヴでしか聴くことのできない「母の唄」を歌いきった彼女から見えたのは、人としての器の大きさ。自分は何がしたいのか。何ができるのか。いい意味で考えざるを得ないほど強烈なライヴだった。


[Setlist]
1. デッドライン
2. Believe in yourself
3. ふりぃ
4. K.I.S.S.I.N.G.
5. immorality
6. 19歳の唄
7. 貴方の恋人になりたいのです
8. morning
9. 母である為に
10. Don't leave me
11. いつの日も
12. キレイな唄
13. 側にいて
14. マージナルマン
15. loving DARLING
16. なんにもない今から
17. ポーカーフェイス
18. 変わりたい唄
19. モットー。
20. ロンリー
en1. まだ僕は生きてる
en2. それぞれ歩き出そう
wen1. ストーカーの唄~3丁目、貴方の家~
wen2. 母の唄

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