Japanese
0.8秒と衝撃。
2014.10.01 @新宿LOFT
Writer 天野 史彬
ロックは死んだ......というのはもう何万回も言われてきたセリフだし、これは至極真っ当な現実認識だと思う。別に僕なんかが今更言うことでもなんでもない。ロックは死んでいる。少なくともSEX PISTOLS時代のJohnny Rottonが"ロックは死んだ"と言ったときには間違いなくそれは死んでいた。ロックとは早死にした音楽である。
では何故、ロックは早死にしたのかと言えば、結局のところそれが観念論にしか行き着かなかったからである。ロックは"救済"や"闘争"を掲げてきた音楽だが、しかし時代を経る毎に――特に1969年の第1回ウッドストック・フェスティバル終焉以降――、救う相手、闘う相手の具体像は巨大な渦の中に飲み込まれて、見えなくなってしまった。70年代の半ばにはもう、ロックは具体性を持たない巨大な観念体になっていたのだと思う。だからロックは早死にした。そして1番厄介なのは、ロックは死んだ後に神様になってしまったことである。人は死なねば神になれないのと同じように、ロックも死んだから神になった。そして信仰の対象になった。"救済"や"闘争"という、具体性を持たずに肥大した観念はいつの間にか崇め奉られて、いまだに僕らの国には"参戦"という名の礼拝儀式が残っている。参戦? 誰と戦いに行くのか? ライヴハウスで戦争でもしているのか? この世界には、理不尽な暴力や争いの中で本当に血を流している人たちがいるのだ。
ロックは肥大した観念として死んだ。そして崇拝対象として消費されてきた。故に、ロックは時代が移り変わる度にヒップホップやダンス・ミュージックといった具体性と身体性を持つ音楽にユース・カルチャーにおける主役の座を取って代わられてきたし(そう、いつだって観念的な感動は身体的な感動には敵わないのだ)、あるいはNIRVANAやTHE STROKESの登場のように、ロックにもう1度身体性を取り戻そうとする動きも(本人たちにとっては無意識的なことであれ)繰り返し行われてきた。でも、もうこの2014年においてはそんな行為すらも無用のように思える。というか無用だ。ロックを生き返らせる必要なんてない。たとえば、今年、この国で大きな賛辞をもって迎えられたくるりの傑作アルバム『THE PIER』を"ロック・アルバム"と呼ぶ人は少ないだろう。あのアルバムが紡ぐ長大な"音楽"という名の悠久の物語の前で、"ロック"という卑小な言葉はもはや意味を成さない。今の僕らは、ロックなんかよりもっと大きくて具体的なものを知っているし、欲している――。
"僕らはロック・バンドですから!"
と言ったのは0.8秒と衝撃。の塔山忠臣である。新宿LOFTで行われた、『いなり寿司ガールの涙、、、EP』のリリース・ツアー"ARE YOU 'Inari-Zushi' GIRL? Tour"の東京公演でのことである。何故、このライヴ・レポートで長々と"ロックは死んだ"だのなんだのと今更書き連ねたのかといえば、この日の0.8秒と衝撃。は、ちょっと驚くくらい"ロック"だったからである。この流れでこういう書きかたをすると誤解されるかもしれない。もっとちゃんと書くと、この日の0.8秒と衝撃。は、"ロック"というもはや死んでしまったはずの観念の塊に、見事に具体性と身体性を与えていた。すなわち、ハチゲキはロックをきちんと"実用"していた。この日の彼らの演奏でよかったことは、ハチゲキの音楽における"歪さ"を構成する要素――つまり、サイケがかったエスニックなメロディや、石野卓球からジャーマン・ニューウェーヴに先祖返りして、そこから何故か日本の土着的な盆踊りに辿り着いてしまうような狂騒のビート感や、あるいはセンチメンタルでフォーキーな詩情といった、普通ならおおよそ組み合わさりそうにないそれぞれの要素が、しっかりとそれぞれの輪郭を保ったままでぶつかり合っていたこと。これこそがロックの"実用性"である。この日は感覚ピエロとの2マンだったのだが、僕が観たここ2年ぐらいのワンマンと比べても、この日の演奏は飛び切りよかった。
たとえば、先に名前を挙げたくるりの『THE PIER』というアルバムには、古今東西の様々な音楽要素を散りばめながら、それを純然たる"音楽"――もうちょっと控えめに言うと"ポップ・ミュージック"――として繋いでいくようなスケールの大きさがある。これが今の、そしてこの先のスタンダードである。ではハチゲキの場合はどうかというと、ハチゲキの音楽というのは、言ってしまえばひとりの男の頭の中の景色がそのまま音楽として鳴っているようなものである。この両者の音楽性を"雑多"とか"多ジャンルを消化している"という言葉で表現してしまえばそれは同じように見えるかもしれないが、しかし本質的に違う。ハチゲキにあるのは、くるりが持つ歴史性や多国籍的な越境性ではなく、ただただ"個人"の脳内においての存在感。言ってしまえば、レコードと漫画とDVDとエロ本と難しい哲学書と古い文庫本と布団とコンビニ弁当の容器と洗濯物がぐちゃぐちゃに入り乱れて混在している独身男の部屋の中の風景のような、ひとりの人間の思考と生活そのままの等身大の姿である。塔山忠臣という男はもちろん、ロックンロールの歴史も、あるいは電子音楽の歴史も熟知しているだろうし、もっと言うと映画音楽なんかにも造詣が深い。でも塔山の本当のすごさとは、その知識量/情報量以上に、そのすべての情報を自らのどろっどろの内面の中だけで繋ぎ合せてしまう、その狂気にこそある。だからハチゲキの音楽は誰とも似ない。塔山は"○○に影響を受けた"とか"○○みたいなことをしようと思った"と言うが、実際に音を聴けば、その○○とハチゲキの音は、結果として全然違う。でも塔山の頭の中では繋がっている。ここである。もしこの時代に"ロック"を鳴らそうとするのなら、その言葉に具体的な意味を持たせようと思うのなら、ただひとりの"個人"の存在の中にある生活や思考をどこまで忠実に取り出して、その中身――そこにある希望も絶望も孤独も欲望も優しさも――をソフィスティケートさせることなく音楽的に肉付けして放出することができるか、その1点こそが何よりポイントだと思うし、これができなければ"ロック"は名乗れない。なんとなく"ロック"を名乗ったところで、それはとうの昔に意味はなくなっているのだ。でも、ハチゲキは見事にそれをやってのけている。今、この時代に"ロック"という言葉にここまで身体性/具体性を持たせることができるのは、Julian Casablancasか塔山忠臣ぐらいだと思う。
ライヴに話を戻すと、この日のライヴはその塔山の脳内がはっきりと輪郭を持って現場でも再現されていたのが素晴らしかった。そしてこの日のライヴは東京では7ヶ月ぶりのライヴだったらしい。これはちょっとおかしい。塔山はオーディエンスにも"大人たちちゃんとせえや!"と言わせていたが、本当にその通りである。こんな言いかたをすると本人たちは否定するかもしれないが、今のハチゲキはライヴありきのユニットだと思う。そもそも、ハチゲキにはライヴ活動を一切せずに音源だけをリリースしていくというアイデアもあったようだが、今のハチゲキにとってライヴは必要不可欠なものである。何故かといえば、そこにはJ.M.の存在感がとても大きい。作品アートワーク、あるいはそのファッション性、佇まいも含め、ハチゲキの"ポップ・アート"的な側面を担ってきたJ.M.が、しかしライヴが進むにつれていつの間にか純然たる"アート"として生身の叫びを聴かせる瞬間――この瞬間こそがハチゲキである。J.M.が"アイコン"としての殻を脱ぎ捨て、"個人"としてオーディエンスの中にダイブする、その混沌とした美しさこそが、ロックの"実践"なのだ。ハチゲキのロックとは、その音やアートワーク含めた"作品"としてだけでは完成しない。いやむしろ、そうした"作品"としての完結性が高いぶん、この音楽は世の中と擦れ合わなければ意味がない。塔山の脳内がそのまま肉付けされたサウンドも、堰を切ったように溢れ出すJ.M.の"叫び"も、本当の意味で体感できるのはライヴ現場だし、塔山とJ.M.の2人にとっても、オーディエンスからの生身のリアクションがあって初めて、ハチゲキとして世界と繋がる感覚を得ているのではないだろうか。
どんな正論も通用しない、"個人"としての圧倒的な深さと強さ――これが、この2014年に"ロック"を鳴らそうと思ったら最低限必要なものなのだと思う。そして塔山とJ.M.は驚くくらいの強度で、それを表現の中に反映させることのできる2人である。ハチゲキは『いなり寿司ガールの涙、、、EP』で"HAGATA"という新レーベルに移籍した。"HAGATA"というのはもちろん、"歯型"のことである。彼らはこの先、この国の音楽シーンに噛み付いて歯形をつけようとしているし、この日のライヴは、その意気込みを強く感じさせる前のめりなエナジーに満ちていた。過去の音源からも満遍なく、しかし中でもポップで即効性のある曲を選曲していたセットリストにもそれは表れていた。今の彼らは自ら進んで、その音楽を世界に擦りつけて、突き刺そうとしている。もしあなたが、この2014年にもまだ"ロック"という言葉に何か惹かれているのであれば、ハチゲキのライヴに足を運ぶことをお勧めしたい。
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