Japanese
木下百花
2021年07月号掲載
Interviewer:秦 理絵
前作『家出』は、木下百花が自分のやりたい音楽を肯定するような作品だった。初めて本名名義でリリースしたという意味でも、今後の木下の音楽人生の土台となる重要作になったわけだが、あれから、わずか半年。早くも新作EP『また明日』が到着した。海外のドリーム・ポップやシューゲイザーの影響が色濃く反映された今作は、木下を形作るカルチャーが強く打ち出された1枚になった。レコーディングには、前作に続き、伊東真一(HINTO/SPARTA LOCALS)、りょーめー(爆弾ジョニー)、岡部晴彦、吉澤 響(セカイイチ)らが参加。2作目となり、より深い信頼関係の中で鳴らされる木下の歌には、決して不確かではない明日への祈るような希望が込められていた。
-前作『家出』(2020年リリースの1stアルバム)で自分の好きな音楽を突き詰めた意味みたいなものが、今作を聴くことでより強く感じられたような気がするんですよね。
そうですね。前作『家出』は自分の基礎になったアルバムだったと思います。"ここからはどう転がっても大丈夫"みたいなものを作れたから、その次は"私はこういう音が好きです"っていうような自分のカルチャーを、出せるぶんだけもっと出したくて。
-前作でも、木下さん自身の好きな音楽を突き詰めるという作業はやっていたわけですけど、それとはまた違いましたか?
今回も前回同様にサポートのみんなでアレンジは進めました。でも前回は、今回みたいに余裕がなかったんですよね。自分の様子が全然違いました。集中しすぎて、3日ぐらい寝れない日があったんですよ。食べない、寝ない、排せつもしないみたいな(笑)。自律神経がバグってたんです。集中してしまうと、どうしてもそれ以外のことができなくなっちゃうっていうのがあったから、実は今回も怖くて。
-またそうなっちゃうんじゃないかって?
そう。でも今回はすごくリラックスして、お菓子とか食べながら"それ、いいやん"とか言って(笑)。すごく自然にやれました。それが今回のEPの気だるい歌とか、滲んだギターにも出てるのかなって思いますね。
-『家出』の取材のときには、"すごくレコーディングが楽しくて、踊ってた"っていうような話をしてくれてたんですね。でも、今の話を聞くと、同時にストイックになりすぎる面もあったっていうことですか?
うん、そういうのが同時に起きてたんですよね。暗くはないんだけど、脳みそがかっぴらいちゃってたんですよ(笑)。そこにしか楽しみがなかったから、しんどくはなかったけど、余裕がなかったのかなと思いますね。
-それで、やたらハイになってたんですね。
うんうん。常にハイではありましたね。ローになる瞬間が1回もなくて。それって異常じゃないですか。今回はローテンションでもなければ、ハイになりすぎることもなかったっていう感じです。
-今作は、レコーディング・メンバーが前作と変わらないままなのも、今の木下さんを取り巻く音楽環境が充実している証拠なんだろうなと思います。
それは思いますね。私が楽にできるメンバーなんですよ。"こういうのを作りたいんです"って伝えて、ちゃんと読み取ってくれる人が身近にいると、自然体でいられる。今回も伊東(真一/Gt/HINTO/SPARTA LOCALS)さんが、ホント、頼んでもないことをやってくれたので。
-前回もやりたい放題のギターを入れてくれたって言ってましたね。
だんだんヒドなってきてます(笑)。"これ、何?"みたいなことを入れるようになってきてて。そういうのを自然にやれる関係性になったってことなんですけどね。実は最初、伊東さんとはあんまり会話ができなかったんですよ。もともと寡黙な方なので。でも今は普通にイジったりしてて。そういうのも音に出るんやなって思いますね。
-今回、特に伊東さんがやってくれたなぁと思う曲はどれですか?
全部ですけど、「グリルパインベーコンブルーチーズアボカド」かな。もともと私がギター・ソロだけ入れたんですけど、その上から管楽器みたいな音のギターを被せてきよったんです。バッキング的なものじゃなくて、リードギターを入れてくる。で、"どういうつもりですか?"っていうやりとりを毎回するんです。
-伊東さんは、なんて答えるんですか?
"いや、いいと思って"って。
-あははは!
"何を言うとるんや!"ってなりますよね。サポート・メンバーとのグループLINEがあるんですけど、そこでも"これ、どういうことやねん!?"みたいになったんです。でも、伊東さんが"いや、いいと思って"って言うから。"じゃあ、これ入れるか"ってみんなの音を重ねていったら、最終的にいいやんってなるんです。
-そこは木下さんのやりたいことを理解したうえでやってくれてるから、絶対にNGになるようなことは弾いてこないわけでしょう?
いやぁ、わかんないですよ。そんなん考えてない感じがするもん(笑)。
-伊東さんの案が没になることもあるんですか?
あぁー......そんなにないかな。
-だったら、やっぱり木下さんと同じ認識で音楽に向き合えてるんじゃないかな。
いやいやいや、絶対にそんなこと考えてないです! 認識は合ってるっちゃ合ってるんですけど、ちょっとズレてるような気がしますね(笑)。
-(笑)伊東さん以外でサポート・メンバーに対する新しい発見はありましたか?
ハルさん(岡部晴彦)かな。前回のアルバムのときもいてくれたんですけど。今回のEPでも、ヴォーカル録りに結構口出しをしてくれて。ハルさんがすごいなと思うのは、ちょっと聴いただけで、どことどこ(の音)がぶつかってるとかすぐわかるんです。歌入れの監修をしてくれるというか。"今、ピッチ怪しかったな"とか言ってくれて。
-それは一般的なサポート・メンバーの仕事の域を越えてますよね。
うん、みんな歌入れのときも来てくれるんですよ。それは、すごく嬉しかったです。"来たんや"とか言っちゃった(笑)。
-メンバーに見守られてると、自分の歌は変わると思いますか?
えー、どうやろ。今回はふらーっと行って2、3回歌って"じゃあ、これで"っていう感じだったんですよ。だから......そんなに変わらなかったと思います(笑)。今回ハモりを多めに入れてるんです。前回は全然入れなかったんですけど。ただ、深く勉強したわけじゃないから、プロの音楽家が聴くと、ぶつかってるところもある。そのあたりは、ハルさんが見てくれて良かったなと思います。
-ヴォーカルに関しては、木下さん自身、自分の声の使い方が見えてきた感じはしました。こういう曲のときは、この歌い方っていうような。
そうですね。自分でも、このときの声は好みやなっていうのが出てきました。あとは、EPっていう形態で出すにあたって、私の中のEPのイメージがあって。例えば、海外のドリーム・ポップとかが好きなんですけど、そういう人たちが出してるEPを聴くと、めっちゃゆるかったりするんですよ。好きにやってるというか。
-立ち位置として、実験的なことをやりやすい形態ですよね。
そう。フル・アルバムって、みんな気合入れて、ガチなんですけど。EPならゆるくてもいいかな。ギターも滲んでるし、歌も気だるくて。今回はそれを意識してます。前回の自分のアルバムを聴くと、まだ力が入ってるなと思うんです。だから、とりあえず今回は極端に力を抜いてみようって。それもやっていくにつれて見えてきたんです。
-海外のドリーム・ポップというと、どういうものを聴いていたんですか?
SUMMER SALTとか。あと、年末のライヴ("家出常習犯")のときに流してたんですけど、MEN I TRUST。最近ちょっときてるみたいで。ゆるいんですよね、すごく。SUMMER SALTのほうは好きな曲があって、パンを全振りしてるんです。
-スピーカーの左右に音を振ってる?
そう。それもヴォーカルだけじゃなくて、ギターとかも。例えば、部屋の中で電球が揺れると、光が揺れるじゃないですか。みたいな感じなんです。そういうのを聴いて、もっと実験したいなって。自分も遊び心のあることをしたいなって思いましたね。
-そういうのを知ると、いかに自分が型にハマってたかに気づかされますよね。
ただ、知っていくのは楽しいですけど、勉強する気は全然ないんですよ。自分の周りがバンドの手練れみたいな人たちだから、難しいことは任せる。自分はこれやりたい、あれやりたいっていうのを出す人でいいと考えてるんです。勉強すると、逆にこうじゃなくちゃいけないっていうのが、どうしても出てきちゃうと思うんですよね。それはできるだけなくそうっていうのはあるんです。
-2作目になって、自分が周りとどう関わるか、どう立ち居振る舞うかもわかってきたんですね。全部背負わなきゃ、ではない。
ないですね。いつでも逃げる準備はできてるので(笑)。
-ははは(笑)。今作には、『家出』のリリース・ツアーの時点ですでに披露された新曲が多く収録されてますね。制作は地続きだったんですか? それとも、一応、『家出』を完成させたあと、区切りをつけて、『また明日』に切り替わってるのか。
半々って感じかな。基礎的なものがそこでできあがってるから、そこから続いてるような感じもするけど、収録されている曲の雰囲気は全然変わってるし。わかりやすく"はい、次はこれです"っていうよりは、じわじわ段階を踏んで変わっていった感じですね。
-まず気になったのが、"家出"っていう曲がどうして前作『家出』に収録されずに、今作に入ってるのかっていうことだったんですけど。
何も考えてなかったんですよ。"家出"ってアルバムだったら、そこに"家出"って曲が入ってるもんっていうのも知らへんし。
-アルバムにはタイトル・トラックが収録されることが多いよね、みたいな概念がなかった。
そう。前回のアルバムの曲(のタイトル)は小説のタイトルみたいな気持ちで付けたんです。で、あとになって"「家出」っていう曲が入ってないんや"って言われて。じゃあ、作ろうかみたいな流れで作ったのが「家出」なんです。
-じゃあ、前回のアルバムを締めくくったあとに、「家出」を作ったんですか?
というか、タイトルを付けたっていう感じですね。もともと曲はあって。作りためていた曲を掘り起こしていたときに、すごく変なコード進行の曲があったんです。で、歌詞も家出っぽくて。そういえば"家出"っていう曲がないと言われてたなと思って、じゃあ、これ、"家出"でいいや、みたいな。そういうノリで決まっていったんです。
-この曲、"歌を愛した瞬間が裏返る"というフレーズが肝かなと思ったんですけど。
言葉を選ばずに言うなら、躁鬱みたいな感情ですよね。自分がこう思ってたものでも、そうじゃなくなる瞬間ってあったりするじゃないですか。でも、結局、ずーっと好きなまんまでいるっていう。そういうのを言ってるんです。
-大好きなものだからこそ......。
苦しめられるんですよね。そういう話もよく聞くし。完全に歌が嫌いになるとか、できなくなってしまうことはないけど、締め切りとか言われたときに"あぁ、もう曲作んの嫌やわ"ってなったりする(笑)。でも、完全に歌が嫌いになってしまうような人にはなりたくないっていう気持ちです。歌が好きっていうのはずっと持っときたいなって、自分に言ってる曲でもあると思います。
-この曲を聴くと、木下さんは、今のサポート・メンバーと一緒に音を鳴らすのが本当に好きなんだなと思うんですよ。
うん、大好きですね。
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