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INTERVIEW

Overseas

BLUR

2015年05月号掲載

BLUR

メンバー:Damon Albarn (Vo/Key/Gt) Graham Coxon (Gt/Vo/Cho) Alex James (Ba) Dave Rowntree (Dr)

90年代半ば、ブリット・ポップ・ムーヴメントの立役者としてUKロックをリードする存在にまで登りつめたBLUR。2003年より実質活動を停止していた彼らが、2009年にリユニオンを果たし、ロンドン・オリンピック閉会記念コンサートという大舞台を経て、待望のニュー・アルバムをリリース。オリジナル・メンバーとしては1999年リリースの『13』以来、実に16年ぶりとなった今作は、2012年、香港にて5日間の強行スケジュールでレコーディングされた素材がもととなったという。数々の幸運な巡り合わせと密なコミュニケーションによって生み出された今作により、強固な結束を確かめ合った4人の肉声をキャッチした。

-5日間という短いオフの間にスタジオ入りしようと最初に言い出したのは誰だったんですか? そのとき、その場所であった理由は?

Damon:言い出したのは俺だよ。まあ、俺は本当に矛盾した性格で、5日間休みがもらえたってことは、5日分の時間が急にできたってことで、そこでスタジオ入りするって最高だと思ったんだよね。今回のアルバムはそうやって生まれたんだ。つまり、言ってみれば偶然こうなっただけだっていう。俺たちはまず香港へ行って、それから日本に行く予定だったんだけど、プロモーターがトラブルに巻き込まれたかなんかで日本でのライヴがキャンセルになった。それがわかったのが香港にいたときで、まあ、それぞれ別行動にすることもできたとも思うし、俺はそうしてもよかった。でも今回はこの時間を全員で使ってみようってことに決めたんだ。で、九龍にくたびれた小さなスタジオを見つけて、そこに5日間いて、ただ笑って楽しくやってただけで。俺はやってみたいアイディアがたくさんあったから、"よし、アイディアはたっぷりあるんだ。どれやりたい?"って言っただけで、あとはもう5日間でやれるだけのことを片っ端からやってみたって感じだった。で、そこで一旦終わったんだ。曲のレコーディングはだいぶできていたんだけど、俺のヴォーカルが、何というか、無意識のナンセンスばかりで、全然きちんとしてなかったんだ......でも面白いアイディアはたくさん入っていて、とにかく感触は良かった。レコーディングしたものを聴き直す時間がないまま、そこで終わってしまって、そのあとは長い間何もしなかったから、その間香港で作ったアルバムはほこりを被ったままで。また取り掛かることは正直なところ全然考えてなかったんだ。でも、それから1年半経って、GrahamがStephen(Street/今作のプロデューサー)と一緒に手を加えたテープを持ってきてくれたとき、あの5日間で自分たちがどれだけのことをやってのけたのかがわかって、信じられないくらいだったよ。実際にできていたものの量に驚いたし、文字通りブッ飛ばされたんだ。そして今すぐにやらなきゃっていう切迫感があった。実際去年の年末に俺は香港に戻って1日半猛烈に書きまくって、あのアルバムと繋がる場所を全部もう1度訪れて、全部まとめて、そうやってできあがって、今こうして『The Magic Whip』が存在するっていうわけ。

-5日間という短いオフの間にスタジオ入りしようとDamonに言われたときのあなたのリアクションは?

Graham:僕のリアクション? ちゃんと考えてみると......ちょっと怖かった。5日間ぐっすり眠れるとかそんなふうに考えてたから。そのアイディアが出てきたとき僕は、"ああ、いいね......よし......素晴らしい、いや、だめだ、うん、いいよね?!"って感じだった。でも、うん、大まかに言うと僕が抱いた感情はいくつかあったよ。幸せとか......ともかく徐々に、"うん、いいよ、いいアイディアだ!"って思うようになったんだ。

Alex:物語の始まりは、何ていうか、俺はここでこうしてBLURの新作について話をしてるってこと自体に、信じられないほどびっくりしてるんだ。それは長い間ずっと望んできたことだったからね。2009年にまた集まって、そのときのライヴはバンド史上最高の出来で、BLURみたいなバンドにとっては、そこで終えることが本当に重要なんだと思う......徐々に勢いがなくなって、安っぽくなったり、古臭くなったりなるのは絶対に避けるべきなんだ。もしロンドン・オリンピックがなかったら、ここでこうしてBLURの新作について話してることもなかったと思うよ。オリンピックの閉会式で演奏して欲しいってオリンピック委員会から依頼があったとき、みんなこう思ったと思う。"まあ、ライヴをやる理由としては悪くないな!"ってね。それで2012年にまた集まったわけで、それももう昔のことだ。ロックにおいては長い時間だよ、3年なんて。俺が思うに、長く離れていればいるほど、自分たちで誇りに思えるアルバムを作るために越えなきゃいけない山は高くなる一方だっていうことで。だけど台湾と日本のライヴが直前でキャンセルになって、突然全員で同じときに同じ場所にいる状態になって、いい雰囲気で、一緒にプレイしながらすごくリラックスできたんだ。突然の混乱の中で起きたことで、初めて来た場所にいる興奮状態みたいなクレイジーな世界で、地下鉄に乗ってスタジオに行って......実際に曲を聴いてもらえば、切迫感みたいなものが伝わると思う。"これだ、これが俺達にとってアルバムを作る最後のチャンスだ。とにかくやってやろう"っていう。それは本当に自意識がない状態だったと思う。あまりにたくさんのアイディアが飛び交っていて、スタートできるところがあまりにたくさんあって、俺たち一緒にプレイしてただけで、どこからともなく曲が生まれ出ていたから、これは今まで作った中で最高だって感じられた。信じられないくらいだった。で、それから1年半の間、何もせずに放っておかれたんだよね。

Dave:まったくわからないよ。1年半前のことだから。いや、今からすると数年前になるから、最初のリアクションがどうだったか説明できないけど、いいアイディアだったのはたしかだね。僕はスタジオ入りしてレコーディングすることに関して渋ることは絶対ないし、4人揃ってレコーディングできるならなおさらだよ。なかなかないことだから、いつだっていいアイディアだよ。

-香港のスタジオ環境はかなり普段と違っていたようですが......。

Graham:ああ、そうだね、僕たちが慣れていたものとは違ったかもしれないけど、バンドを始めるころに使うようなスタジオに通じるところがあって。ライヴ・ルームみたいなのがあったんだけど、分かれてレコーディングしたくなかったんだ。ただ、本当に狭いスタジオで、僕たちはさらにその中の小さいスペースしか使ってなくて、でもそれはコミュニケーションを取りやすくするためだったんだ。お互いとすごく近い距離にいたから、"ここでこうしたらどう?"ってすぐに言い合えるのがよかったよ。ミュージシャンっていうのはそうやって音楽を作るものなんだと思う。みんなで同時にプレイして、誰かがここを変えようって叫んだら、みんながすぐにそれに合わせてついていくっていう。ときには上手くついていけないこともあるけど、それでも上手くいくんだ。そういうのが今回はたくさんあったんだよ。

-環境がレコーディング/パフォーマンス/曲に影響したところがあると思いますか?

Graham:その通りだね。確実に香港での僕のプレイは、香港のものすべてにどっぷり浸かっていたから。ほこりや臭い、カオス、激しさ、そして不安っていう、そういうものがすべてに入り込んでるんだ。