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INTERVIEW

Overseas

THE 1975

2013年10月号掲載

THE 1975

メンバー:Matthew Healy(Vo/Gt) George Daniel(Dr)

インタビュアー:小田部 仁

ここ数年、インターネットを中心に話題を呼んできた、マンチェスター出身のバンドがいる。それが、THE 1975だ。白と黒でスタイリッシュにキメた、一見、強面のゴス・バンドのような佇まいの彼ら。しかし見かけだけでなく実力も折り紙付きで、類い稀なそのポップ・センスを武器にパンクからヒップ・ホップに到るまで、様々な音楽ジャンルを飄々と横断していく。彼らが次の音楽シーンを担うのは間違いない。今回、Skream!では、SUMMER SONICと単独公演のため来日していたTHE 1975に対面インタヴューを敢行。ヴォーカル・ギターのMatthew Healyと、ドラムスのGeorge Danielに、バンドの結成から彼らの表現のあり方に到るまで、とことん話を聞いた。

-『Facedown』、『Sex』、『Music for Cars』、『IV』という4枚のEPを経て、ようやく満を持して、デビュー・アルバムが世に送り出されるわけですが、これらのEPとアルバムの違いはなんですか?

Matthew Healy(以下M):EPは、僕らがどこにどんな気持ちでいたかを現す、ポラロイド写真みたいなものだった。作ったらすぐに出すって感じだね。でも、アルバムはそうじゃない。時間による妥協とか、未来への不安みたいなものは一切なかったから、ただ曲を書いて、書いて、書きまくったんだよね。だから曲によってかかった時間もまちまちだったんだよ、ある曲は3日で出来たし、また他の曲は3ヶ月かかった。

-アルバムにおいて、特に設定したテーマやコンセプトみたいなものはありましたか?

M:1つ1つの曲が、僕らの人生のある時点で、最も重要だったり印象的だった出来事をそっくりそのまま表している。音楽性から僕ら自身の人間性も含めて、色々な側面が濃密に描かれているから、ある意味でグレイテスト・ヒッツみたいなものになっているかもしれない。端的に言うと、80年代のJohn Hughesの映画のサウンドトラックみたいなものにしたかったんだ。僕らの人生そのものが映し出されている映画のサントラ……それがこのアルバムのイメージだな。

-THE 1975の曲って、人間のダークな面を扱うテーマが多いですよね。曲を聴いていると、これは実体験なんじゃないかと思える程、リアルな描写もあったりして……これらは、純粋に創造の産物ですか? それとも、現実に即したものなのでしょうか?

M:バンドのことになっちゃうんだけど、どこか非現実的な部分が僕らのイメージにあるのは、バンドのコンセプトとして、現実と超現実の調和をとろうとしているってところがあるからだと思う。歌詞に関していうと、自分たちのありのままの姿や、普遍的な人間の持つダークな部分が率直に描かれていると思う。それは、13歳ぐらいの頃、このバンドを始めた頃のことが影響していると思うんだけど、僕らはまず、自分たちが書くものに対して、一切、技巧的であろうとする必要がなかった。なぜならば、それらは発表される予定も、ちょっとしたコメントを言ってくれる様な人さえいなかったから。だからはじめから真っ正直に自分たちの思うところを書いていたんだ。もし、これとは全く逆の状況で始まっていたとしたら、こんな風にパーソナルなことを描く歌詞にはならなかっただろうし、もっと分かり易いものになっていたと思う。

-それは、THE 1975の理想とする音楽の在り方なんでしょうか? それとも偶然そうなってしまった?

M:そうだと思う。元々、僕らはポップ・ミュージックがとても好きなんだけど、僕らにとっての理想のポップスって、Whitney Houstonのサウンドで、Leonard Cohenのメッセージを歌っている様なものなんだ(笑)。実は、あんまりダークなサウンドには興味がないんだよね。ストレートに受け取れて、かつ、すぐに価値を見いだせる様なポップ・ソングが最高だと思っているんだ。だから正直言って、自分たちの曲がダークだとはあんまり思わないし、多分、人間それぞれがもっている普遍的な感情のある種のあらわれだと思うんだよね。

-なるほど。先ほども仰っていましたが、THE 1975の歌詞はとても現実に即したもの、ある意味でストーリー・テリング的な要素が非常に強いと思うんですが、ポップ・ミュージックとしての普遍性みたいなものとはどのように折り合いをつけていますか?

M:そうだね、情景描写的なものではある。元々、僕は街や人々の生活を描くっていうことに凄く興味があるんだ。社会学的な視点と言ってもいいかもしれない、あるいは現代社会のポートレートを歌詞の中で行っているのかもしれない。殆どのアーティストってもっと大きなテーマについて包括的に歌詞の中で扱おうとするんだけど、僕はもっと身近な生活に対する疑問を投げかけたい。アーティストって所謂“大衆”を軽んじる傾向があるけれど、僕は大衆そのものが馬鹿だとは思わないし、彼らはアートをきちんと理解して、その恩恵を得ていると思う。だから、僕らが自分たちの曲の中でしなければならないのは、リスナーのそういった芸術を解する力を信じて、その枠組みである“情景”を与えることなんだ。

George Daniel(以下G):芸術的な理想論って言うよりは、もっと、感情的な部分が大きく影響していると思う。例えば、誰だって、愛を失ったことや友情が破綻してしまった瞬間を経験しているはず。僕らは、そういった瞬間のある部分を切り取ろうとしているんだ。そうなってくると、その状況におけるディテールが重要になってくる。で、詳細に状況を描写すればするほど、曲に隙間が生まれる。その隙間にリスナーは自分自身の経験を当てはめることが出来るんだ。

M:そうそう。隙間を埋めることが出来るんだよね。僕らがやんなきゃいけないことって本当に単純で、曲の中で4つのシーンと4つの会話を提供する。それだけなんだ。後は、芸術なんてものは主観的なものなんだから、勝手にリスナーが調理すればいい。むしろ、調理してほしいんだ。