Japanese
ヨルシカ
2021年06月号掲載
Writer 秦 理絵
"遠くに行こうよ ここじゃ報われないよ"。そんなふうに歌う「冬眠」で、ヨルシカのオンライン・ライヴ"前世"は幕を閉じた。「冬眠」は、2018年に発表された2ndミニ・アルバム『負け犬にアンコールはいらない』の収録曲。ヨルシカの初期の楽曲に象徴的だった、瑞々しく疾走するギター・ロック・サウンドに乗せて、巡る四季に抱く感情が歌われる。その歌が指す"遠く"が、もちろん文字通り、心機一転で目指す人生の新天地であると聴くこともできるが、同時に汲み取ってしまうのは、今生では報われない、ならば次の生に希望を託したいという追い詰められた感情だ。今年1月にヨルシカが行ったオンライン・ライヴ"前世"は、そういった輪廻転生の思想が根底にあった。かつて『負け犬にアンコールはいらない』について、バンドの全曲の作詞作曲を手掛けるコンポーザーのn-bunaは、"何度も生まれ変わる"というコンセプトで作ったと、インタビューで明かしている。一曲一曲の登場人物はひとりの人間の生まれ変わり。だから、『負け犬にアンコールはいらない』には全体を通して、曲同士で歌詞や音がリンクする仕掛けがたくさん施されていた。あれから3年。作品のリリースを重ねたヨルシカが、様々な登場人物を描いた新しい楽曲を用いて、改めて"何度も生まれ変わる"というコンセプトを、ライヴ・バージョンで実現したのが"前世"だった。
"前世"のステージは八景島シーパラダイスの巨大水槽前に設置されていた。シーパラ(八景島シーパラダイス)名物のひとつでもある高さ8mの巨大水槽には、過酷な食物連鎖が支配する大海原を再現するように、様々な種類の魚が生息する。そこに美しい照明の演出が加わり、命と光が生み出す神秘的な光景を挟みながらライヴは進んだ。
例えば、「パレード」では軽やかに弾けるサビとシンクロするようにイワシの大群がぐわんっと躍動し、「花人局」では伸びやかなストリングスの調べに合わせて、サメが水中で緩やかな弧を描いた。「春泥棒」では、エイの白い腹がピンク色に染まる。ヨルシカのふたりを含めて、すべての演者の表情は映らない。顔出しを基本とする多くのアーティストにとって、ライヴとは、そのアーティスト自身がどんな表情をしながら楽器を弾き、歌を歌うのか。MCで何を言うか、といったことにも価値が置かれると思うが、ヨルシカのライヴはそういった情報が徹底的に排除される。ただただ美しい映像と演奏が与える没入感。それが、受け手にとって、とても純度の高い音楽体験になる。
また、これまで表現してきたすべての作品でも、そこに明確な意図と伏線を盛り込んできたヨルシカが、今回水族館を舞台に選んだことは、単純に"美しいから"という理由だけではないだろう。"何度も生まれ変わる"というコンセプトのもと、連綿と続く命の連鎖を描くとき、人類を含めてあらゆる生き物の起源である海は、とても相応しい場所だったのかもしれない。
"前世"の圧倒的な映像美は、1月にヨルシカ初の配信ライヴとして公開されたときからSNSで大きな話題を呼んだ。2日間のアーカイヴ期間こそあったが、配信後には商品化を希望する声も多かったという。コロナ以前には、リアル・ライヴも開催していたヨルシカだが、ライヴを映像作品としてリリースするのは、実は今回の『前世』が初めてになる。この日のバンド・メンバーには下鶴光康(Gt)、キタニタツヤ(Ba)、Masack(Dr)、平畑徹也(Pf)に加えて、カルテット編成の村田泰子ストリングスを迎え、それぞれの楽曲がアコースティック・アレンジの新しい曲として生まれ変わっていた(これも、ある意味、"生まれ変わる"というテーマにかかっているのだろうか)。そういった一夜限りの演奏をはじめ、途中でsuis(Vo)が歌う場所を移動する構成など、細部にまでヨルシカのこだわりが行き届いた"前世"は、ライヴとはいえ、非常に作品性が高い内容だった。一曲一曲の流れや曲順に役割があり、全体でひとつの意味をなすセットリストからは、これまでヨルシカが発表してきたCD作品と同じように、その意味を深く考えたくなる余白も十分に残されていた。
ヨルシカの楽曲は物語の形態をとり、そこにn-bunaの思想が重ねられていることが多い。つまり、それぞれの楽曲に主人公がいる。前述したとおり、"前世"はそれぞれの楽曲の主人公を、ひとりの人間(あるいは生物と呼ぶべきか)の生まれ変わりとして捉え、いろいろな人生を経て、今の自分に辿り着くまでの大きな物語として解釈することができる。だが、それは物語的に音楽を作る作り手ならば誰でもできるかといったら、決してそうではないと思う。恐ろしいことに、そもそもヨルシカが生み出してきた曲たちは、結成当時からゆるやかに繋がっているように感じるところがある。だからこそ"前世"というライヴは成立したのだ。
例えば、『負け犬にアンコールはいらない』は、その前の作品だった1stミニ・アルバム『夏草が邪魔をする』(2017年リリース)に登場する"私"が、何度も生まれ変わって、再び"僕"と出会うまでの話が描かれている。続く、『だから僕は音楽を辞めた』(2019年4月リリース)と『エルマ』(2019年8月リリース)という2枚のフル・アルバムは、音楽を辞めた青年 エイミーと、エイミーの遺志を追い、音楽を始める少女 エルマの物語だ。ここは想像だが、このふたりを、『夏草が邪魔をする』と『負け犬にアンコールはいらない』に登場するふたりの、別の時代の生と捉えることもできる。そして、直近の作品となる3rdフル・アルバム『盗作』(2020年)とEP『創作』(2021年)であぶり出されるのは、盗作か、オマージュかという狭間で葛藤する表現者の告白だ。これもまた逞しい想像力の赴くままに語るならば、同じく音楽家であったエイミー、あるいはエルマの別の時代の生として考えると面白い。ヨルシカの楽曲同士にそうしたゆるやかな繋がりを感じてしまうのは、その多くに、"夏の匂い"への憧れや孤独、過去の記憶、破壊衝動、終わりへと向かう死生観、さらには、"前世"の中でも披露された「雨とカプチーノ」で、"生き方一つ教えてほしいだけ"と歌っているように、どこか人生の迷子のような不器用な佇まいを共通点として見いだしてしまうからだ。さらに、そういった時代や性別を超えた様々な主人公の歌に聴き手が自然に没頭できるのは、表情豊かでありながら、どこか感情と適切な距離をとったsuisのヴォーカルの存在も大きいだろう。
ヨルシカ - 雨とカプチーノ(Official Video)
何度命を繰り返したとしても、人は生きることを上手にはならないのかもしれない
インスト曲も含めて全17曲。終盤の「ノーチラス」でひとつの到達点を迎え、ラスト・ナンバー「冬眠」へと収束する"前世"というライヴを見終えたとき、何度命を繰り返したとしても、人は生きることを上手にはならないのかもしれない、と思った。呪いのように誰かを求め、永遠に人生の迷子だ。そんなことを考えていると、ふとamazarashiの「たられば」という曲を思い出した。もしも僕が天才だったら、王様だったら、名医だったらと様々な違う人生を夢想する曲の終わりに、"もしも僕が生まれ変われるなら/もう一度だけ僕をやってみる/失敗も後悔もしないように/でもそれは果たして僕なんだろうか"と、問い掛けて締めくくる。
"生まれ変わる"というテーマは、かくも興味深い。その歌にどんな解釈を与えるかは、結局、その人間がどんな人生を歩んできたかが反映されるものだと思う。『前世』を見終えたときに何を思うのか。どんな物語を見いだすのか。そこは、それぞれが自由な感性で想いを巡らせるべきところだが、最終的にこの作品が、何がしか"今生"の日々を幸せにする手段として機能することが、ヨルシカの願うところではないかと思う。なぜなら、私たちは何度も何度も"前世"をやり直して、今度こそ幸せになるために"今生"にいるはずなのだから。(秦 理絵)
▼リリース情報
ヨルシカ
LIVE DVD&Blu-ray
『ヨルシカ Live「前世」』
【初回BD】UPXH-9029/¥6,050(税込)
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TOWER RECORDS
HMV
【初回DVD】UPBH-9569/¥4,950(税込)
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TOWER RECORDS
HMV
【通常BD】UPXH-1075/¥4,950(税込)
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TOWER RECORDS
HMV
【通常DVD】UPBH-1499/¥3,850(税込)
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TOWER RECORDS
HMV
初回限定盤:特殊ケース仕様(スライド式ケース) / デジパック / ブックレット
[UNIVERSAL J]
NOW ON SALE
1. Overture
2. 藍二乗
3. だから僕は音楽を辞めた
4. 雨とカプチーノ
5. パレード
6. 言って。
7. ただ君に晴れ
8. ヒッチコック
9. 青年期、空き巣
10. 春ひさぎ
11. 思想犯
12. 花人局
13. 春泥棒
14. 海底、月明かり
15. ノーチラス
16. エルマ
17. 冬眠
「前世」特設サイト
▼イベント情報
"ライブ映像作品「前世」リリース記念プレミアム上映会"
6月5日(土)OPEN 15:00 / START 15:30予定
会場:
東京:ユナイテッド・シネマ豊洲
愛知:ユナイテッド・シネマ豊橋
大阪:ユナイテッド・シネマ岸和田
大阪:ユナイテッド・シネマ枚方
福岡:ユナイテッド・シネマキャナルシティ13
北海道:ユナイテッド・シネマ札幌
当日12:00~上記劇場にてヨルシカグッズの販売も行います。
[チケット]
全席指定 ¥2,500
入場者特典:メモリアル・チケット
発売開始:5月26日(水)0:00~
ユナイテッド・シネマ上映劇場 インターネット・チケッティング"UOL"にて販売開始
※残席がある場合のみ、翌日、劇場オープンより窓口でも販売。
※緊急事態宣言中の豊洲、岸和田、枚方は営業再開決定後、チケット販売開始日をご案内
します。
ユナイテッドシネマ公式サイト
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