Japanese
鴉
2011年08月号掲載
Writer 沖 さやこ
“ご存知でした?鴉って蝶になれるんですよ……” そんな台詞をしっとりと小声で、口元に笑みを浮かべ呟きたくなる。フル・アルバム『未知標』から8ヶ月。たった8ヶ月、されど8ヶ月。この期間で彼らを取り巻く環境はガラリと変化したことだろう。メンバーの脱退、新たなドラムスとして榎本征広が加入、そして3月の大震災――。ツアーは中止になり、世間では娯楽は不謹慎だと自粛ムードに。秋田出身で、今もその地に身を置くバンドである彼らの苦悩は、彼らにしか分かり得ないだろう。
ミニ・アルバム『感傷形成気分はいかが』は、そんな8ヶ月間が導き出した“鴉”としての“在るべき姿”だと思えてならない。収録された6曲は、ストイックで緊張感のあるバンド・サウンドであると同時に、華やかな艶をふんだんに含んでいる。元来、激しさと柔らかさを持つバンドではあったが、それはどことなく悲しみや苦痛を焼き尽くし、なぎ払うようなパワーを感じさせた。だが今作は、そんな痛みやナイーヴな感情を全て真っ向から素直に受け入れているようだ。それは鎧を脱いだ戦士がひとり戦場に悠然と佇むような、凛としたドラマティックな空気を漂わせる。
他人の敷いたレールを歩いていた主人公が、煌びやかな誘惑に溺れてゆく様をシニカルながらもロマンティックに描いた「幻想蝶」。流麗な日本語とメロディをなぞる、細くも力強い近野淳一のハイトーン・ヴォイスは、蝶が舞うようにしなやかだ。この曲の主人公を演じることを楽しんでいるようにも聴こえる。歌謡曲を彷彿させるベース・ラインやギター・リフ、音の隙間を巧みに操る「居場所」は、いい具合に肩の力が抜けており、男女の駆け引きを彷彿させる妙な色気を醸し出す。中性的な歌詞もまた然り。今までの鴉には無かった一面を垣間見られ、胸が高まる。
「春」は、ベースとドラムのリズムが轟く疾走感溢れるバンド・サウンドと、ふわりと香るように優雅な歌のコントラストが、突き抜ける春空を羽ばたくカラスのイメージとよく合致する。ストレートなギターも非常にソリッドだ。“僕はまだ屈折の中”ともがきながらも新たなスタートを切ろうとする覚悟に、切り裂かれるような衝動を感じた。メタルを彷彿させるアグレッシヴなドラムが印象的な「ココニアル」は、アマチュア時代からの代表曲。『風のメロディ』のc/w曲「ココニナク」と対になっている。失うことに対する喜怒哀楽全ての感情を全て内包した目まぐるしい楽曲だ。ヴァイオリンとピアノを大胆に取り入れた「曇りなき私」は、大切な人と向き合うことに生じる矛盾を、“騙す”という行為を通して切なく優しく歌い上げる。
そしてアルバムのラストを飾る「列車」。どこまでもポジティヴに力強く突き抜けた楽曲で、鴉というバンドのイメージにはそぐわないかもしれない。だがこの曲こそ、この8ヶ月間が彼らにもたらした“新たな力”なのではないだろうか。鴉が蝶に化けることだって充分に有り得るのだ。この曲を聴き確信した。淡く鮮やかな鴉が描かれたジャケットはその具現化と言っても良いだろう。
新たなる仲間、想い、経験を手に入れた彼らが描き出す情景に、迷いなど一切存在しない。進化を遂げた3人の姿が、確かに“ココニアル”。
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