Japanese
ドレスコーズ
Skream! マガジン 2025年10月号掲載
2025.07.06 @Zepp Shinjuku (TOKYO)
Writer : 石角 友香 Photographer:森好弘
ロックンロールの定義とはなんだろうか? 反抗の音楽、リズム・アンド・ブルースの派生、はたまたジャンル等関係なく唯一無二の表現を指すのか。志磨遼平は、ニュー・アルバム『†』は過去に執着しない、今年デビューするバンドのつもりで制作したと言い、"僕がロックンロールと言うときは本気です"とも言った。ならば今回の過去最大規模のツアー[the dresscodes TOUR2025 "grotesque human"]も、そのスタンスは地続きだろうと予想したのだが、それがどういう形で具現化するのか、近年のテーマのあるツアーより想像するのは難しかった。見終わって思うのは彼にとってロックンロールは"大事なのはこれ! どれか1つしか選べないならこれ!"を音楽に集約したものなんじゃないかということ。反抗やルサンチマンの反転として獲得するエモい感情も、経過して残るのは自分の中や他の人の中にも確認できる普遍的な愛であり、それを感じることで誰もが立っていられるということだったと思う。
Howlin' WolfやRufus Thomas、Elvis Presleyのブルースやロックンロールが開演のBGMに流れ、Bobby Vintonの「Mr. Lonely」が流れると暗転。前方にさらに詰め掛けるファンの熱量が2階にいても伝わってくる。バンド・メンバーの有島コレスケ(Ba)、中村圭作(Key)、ビートさとし(Dr)、田代祐也(Gt)に続いて登場した志磨はアーティスト写真以上に逆だった髪、青白いメイク、タイトなグレーのスーツだ。まるでフランケンシュタインのような動きで歌う「ヴィシャス」は、軽快な曲調に反してどこか緊張感を伴う。続けてアルバムの曲順通りに「うつくしさ」の単音ギター・リフがフロアを躍動させ、原曲よりポストパンクな鋭さを増した「リンチ」。どこか壊れたオブジェのようだった志磨に血が巡り、ファンを煽るアクションも見受けられる。シンプルなロックンロールにフリーキーな感情を持ち込む、田代のギターが相変わらず素晴らしい。個人的には、さらに悪化する市井の私たちに起こる分断や不寛容な世界を思い出さざるを得ない、序盤の3曲だった。
少し間を置いて鳴らされたイントロに驚きの声が上がったのは、毛皮のマリーズの「人間不信」。ギターもベースもキーボードも長くダートな音でひたすら塗り込めていくような演奏が、グラム・ロックでもありアンダーグラウンドなセッション・バンド的でもあり、もちろん志磨のヴォーカルも吐き捨てるよう。さらにノイジーになるアンサンブルがピークに達したところで志磨が天を指し、原曲よりはっきりとベルの音が聴こえた。一転、ネオアコっぽい清涼なサウンドと、ウィスパー気味なヴォーカルの「この悪魔め」への落差ったらない。そして近い音像の「聖者」に繋がるスムーズさ。だが、ヴォーカルは幼い夏の恋を歌いつつ、どこか俯瞰した視点のストーリーテラーのようでもある。冒頭、壊れたオブジェのようだった志磨は今やスキップしている。ロックンロールが人形に命を吹き込んでいるように見えてもおかしなことじゃない。
アコースティック・ギターを抱えた志磨はさらっと謝辞を述べた後、独自のロックンロール三原則を"何にも頼らず1人でいろ"、"自由を守れ。決して手放すな"、"やるときは陽気にやる"これだけだ、と言った。少々唐突なこのアナウンスはしかしファンそれぞれの意識を改めて明確にし、一人一人の心に火を付けたのは間違いない。前半のどこかずっとノイジーな通奏音が鳴る音像から、「がっかりすぎるわ」以降はクリアになった印象も。そして病的に白い顔のステージ上の志磨が歌う、孤独な黒人男性の人生を歌う「悲しい男」(毛皮のマリーズ)は、カントリー・タッチであるがゆえにむしろ過去のアメリカが想起されて、乾いた絶望の物語に触れた思いだ。
こうして振り返ると、ロックンロールの歴史を踏襲した新旧織り交ぜた選曲であることが分かるのだが、最後のセクションはもっとストレートに喜怒哀楽の感情を焚き付けていく。中村のオルガン・リフがポップな「ロックンロール・ベイビーナウ」は、もうDon't trust over 30なんかじゃない全世代、性別不問、国籍不問でロックンロールを必要とする人の目を輝かせる。実際、かなり年齢層の広いフロアはすでにこの曲通りの光景を作り出していて美しい。ElvisやDavid Bowie、Marianne Faithfull等々敬愛するロックンローラーの名を歌い、さらにダック・ウォークする志磨はロックンロール表彰台の一番高いところに立つに相応しい。さらに加速度的にパンク、グラム・ロックにしかないスリリングに逸脱していくバンド・アンサンブルは、「REBEL SONG」に繋がり、ビートさとしが刻む不埒なビートのイントロで悲鳴に似た歓声が上がって、さらにフロアが沸騰した「コミック・ジェネレイション」へ。お馴染み"愛も平和も欲しくないよ/だって君にしか興味ないもん"という、いつもなら泣きながら無敵の感覚を得られるフレーズが羨ましく感じる程、無視できない現実が背後にあって、ちょっと違う切なさを感じたのも事実だ。それでも志磨に"簡単だよ"と声を掛けられると、シンガロングは自然と大きくなるのだった。もうこのあたりの流れは志磨遼平に求められる核心の連投で、続く「ビューティフル」(毛皮のマリーズ)で伸ばされたファンの手もエンジェル・ラダーのようなライティングも、美しい命が輝いているような情景に見える。
さらに意外な選曲だった毛皮のマリーズのドラマチックなバラード「シスターマン」では、柵の上に立った志磨に伸ばされる手、手、手。その手を握り返したりグータッチしたりしながら、生きづらさを抱えた主人公について絶唱するこの場面は、今回の白眉だったんじゃないだろうか。どこかにいる孤独な男に感情移入していると、ラストはいつの間にか1人になっている生来のはぐれ者の歌「ミスフィッツ」。まさにここにいるミスフィッツたちが1人のまま意思を通わせてきた時間への祝福だ。誰かを攻撃するでもなく、破壊的な音像でもなく、愛らしい曲調で変わらない自分のまま、変わっていく日々を生きていることを示していた。
アンコールは、まさにこれから各々の人生に戻っていくファンと互いに祈りを込めるような「愛に気をつけてね」。無数に立てられた中指をミラーボールのきらめきが照らす。勲章のようでも誓いの指輪のようでもある。鳴り止まないフィードバック・ノイズが全身の細胞を満たして終演したが、まだ終わる気持ちになれないファンからダブルアンコールを求める声が上がる。だが、恐らく無駄なMCもなかった今回のセットリストはここで終わるべきなのだろう。予定調和とは違う2025年のドレスコーズによるロックンロール・ショーが完結した。
[Setlist]
1. ヴィシャス
2. うつくしさ
3. リンチ
4. 人間不信
5. この悪魔め
6. 聖者
7. がっかりすぎるわ
8. 悲しい男
9. ロックンロール・ベイビーナウ
10. REBEL SONG
11. コミック・ジェネレイション
12. ビューティフル
13. シスターマン
14. ミスフィッツ
15. 愛に気をつけてね
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