Japanese
ドレスコーズ
Skream! マガジン 2023年12月号掲載
2023.10.31 @Zepp DiverCity(TOKYO)
Writer : 石角 友香 Photographer:森好弘
この人となら世界を変えられるかもしれないとか、たった今、この人と自分しか世界に存在してないような気がする――そんな幼く青い野望が新しいアート、もしくは事件を起こしてきたのだ。ドレスコーズの最新作『式日散花』が"別れ"をテーマにするに至った大きな理由は志磨遼平にとっては長年の表現における"共犯者"であり、自分を形成する魂の親のような存在であるアート・ディレクター 信藤三雄の死にあった。そして我々音楽ファンの人生にとっても過去に類を見ないほど数多くのアーティストの死と向き合うことになった2023年という年。彼や彼女は想像以上に自身の価値観や美意識、もっと言えば幼い頃は今日1日を生き延びるための光のような存在だった。それは親や周囲の大人や学校は教えてくれない。
この日、お台場に集まったドレスコーズのファンも、志磨遼平のDNAを受け継ぐ存在だと思う。今日ここでライヴが行われる喜びと同時に儚さのようなものが終始漂っていたのは偶然じゃないだろう。
CARPENTERSの「Superstar」がSEとして流れるなか、シンプルなセットにここ2年来、すっかりバンド・メンバーとして定着した田代祐也(Gt)、有島コレスケ(Ba)、ビートさとし(Dr)、中村圭作(Key)が登場し、最後にシルクのローブにタイツと白いブーツ姿の志磨遼平(Vo)が現れる。キャリア史上最もジェンダーレスなステージ衣装なのではないか。幼すぎた恋を振り返る「ラブ、アゲイン」がスターターであることにこのステージの先行きを予見する。続く「襲撃」でのビートさとしのポスト・パンクばりなドラムに中村のシンセが重なると一気に90年代ビート・ロックの様相を帯びる。志磨のアクションにもその面影がうっすら感じられた。田代の気骨のあるリフが1stアルバム『the dresscodes』からの選曲である「Lolita」に新たな命を吹き込む。まぁなんとむせ返るような痛くて青い恋の歌ばかりなのだろう。
短い挨拶を挟んで、パーっと季節が夏に戻るブライトなギターが鳴り、青春のドライブ感が加速する「聖者」、俗世を遮断して恋をしようと歌う60年代のフレンチ・ポップ風の「若葉のころ」では志磨の往年のアイドル風のアクションがこれ以上ないほどハマる。もう現存するアイドルにこんな人はいないだろう。そこに命を付された器として誰にも真似できない実相を生きる志磨の奇跡的なあり方を再確認した。今回のツアーにおける志磨遼平のフィロソフィは超然としたアーティストというより、語弊を恐れず言えばただただ愛らしいのである。そして愚かな幼い恋の終焉を予感させる「レモンツリー」での中村のバロック調のオルガンが新たなライヴ・アレンジとして効果的に響いた。
演奏が終わると志磨の一挙一動に目と耳を凝らすオーディエンス。アコギを抱えた志磨はこの日唯一の長めのMCで"僕たち、夏の終わりに『式日散花』というアルバムをリリースしました。テーマはズバリ"別れ"です。すべての出会いには別れが用意されていて、僕もいつかはいなくなる。今日はみんなにずっと覚えていてもらえるように、心を込めて歌います"――前半は確かにアルバムのテーマだが、後半はまるで本物のお別れの言葉のようじゃないかと一瞬ゾッとした。その気持ちにシンクロするような、許されない恋の道行を思わせる「罪罪」。このバンドの表現の奥行きを感じた、どこかニュー・ミュージック的なアンサンブルで聴かせた2ndアルバム『バンド・デシネ』からの「Silly song, Million lights」、世界が自分の思い通りにできないことに気づくある種少年期との決別を示唆する「ハーベスト」と、前半の愚かなまでの青い季節からの時間経過を体感させる見事なセットリストである。同時に前作『戀愛大全』の際のインタビュー(※2022年10月号掲載)で志磨が"むしろ通常モード"と語っていた、社会的なコンセプトではない普遍的なラヴ・ソングが今回のツアーのモードと合致していることを理解した場面でもあった。
"トーキョー! ありがとう!"と、志磨が深々とお辞儀をしたところに田代のスライド・ギターが流れ込み、ブギーでホンキートンクなロックンロール「やりすぎた天使」でフロアが沸き立つ。有島の跳ねるベースラインに合わせて大きくなるクラップがまるでカーニバル=祝祭のように弾け、表情こそ見えないがフロアが歓喜を浮かべているのがわかる「少年セゾン」へ。艶やかでジェンダーの境を越える志磨の声と田代の透明なギター・サウンドが気が遠くなるような真夏の太陽の眩しさを召喚していた。
狂騒のクラップは「コミック・ジェネレイション」のイントロで爆発。志磨はステージを縦横に徘徊し、70年代から続いてきたパンクのアイコンを彷彿させる。ただ、この日は前回のコロナ禍をもうすぐ乗り越える再会の喜びに満ちた興奮状態とはまた違う感慨を個人的に覚えた。何度体験しても"愛も平和も欲しくないよ/だって君にしか興味ないもん"のくだりで涙腺崩壊するのだが、『式日散花』で得た共通認識のもとでは、いつか私たちにもお別れが来るという儚さがつきまとうのだ。それは恋の終わりとか、若さの終わりより、むしろ生を照射する。ここまで愛らしくパフォーマンスしてきた志磨が猛々しくスタンド・マイクをフロアのファンに向けていることにも血液が沸騰してしまった。
そしてライヴの定番というにはあまりにも今回のセットリストに相応しい「ビューティフル」が、よりいっそうの強度で迫る。どう生きて死ぬのか、それをたったひと言"ビューティフル"と言い切るのだから。ただ、今回は熱狂のままで終わることはなかった。別れをテーマにしたアルバム『式日散花』の中でも、初めて他者の死ではなく、死と初めて目が合った気配を歌った「式日」を本編ラストに配したからだ。ここまでの儚さとは異なる感触の歌詞と淡々と綴るような志磨のヴォーカル。そこに少しブルージーで、でも音としてはトレブリーな田代のソロが魂の相剋を描くようで苦しい。志磨は花吹雪を自ら放ち、まさに散花を行ったのだが、人生の新たな季節を描いたこの曲はラスト・ナンバーだが、始まりのようにも感じられたのだ。本編14曲という凝縮された時間に想像以上に揺さぶられた自分がいた。
アンコールでは、アルバムの取っ掛かりとなった「最低なともだち」がまず披露される。まさにこの人となら世界を変えられるかもしれないし、この人と自分にしかわかり得ない秘密の共犯関係を結んだ"ともだち"を主題にした曲だ。再び青い季節にワープするような懐かしいバンド・サウンドも相まってどこまでも儚かった。そしてこの日のラスト・ソングはお馴染み「愛に気をつけてね」。端正な演奏を聴かせていたバンドも加速度的にカオスを醸成し、投げキッスと共にステージをあとにした志磨、そして最後には田代のフィードバック・ノイズが残った。まだ興奮を収められないフロアを宥めるように流れたエンディングSEがJane Birkinの「Ex Fan Des Sixties」(John LennonやTHE DOORSなどのロックスターの名前が歌われる)だったことも含め、『式日散花』を軸にしたコンセプチュアルなライヴだったと言えるだろう。今生きている自分の細胞に宿る出会いを思い起こさせてくれるひとときでもあった。
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