Japanese
ドレスコーズ
Skream! マガジン 2023年01月号掲載
2022.11.30 @川崎CLUB CITTA'
Writer : 石角 友香 Photographer:森好弘
志磨遼平(Vo)とファンが、あるいはフロア全体が愛し合っているような美しいライヴだった。コロナ以前のライヴの在り方とも、ルールに縛られた整然としたライヴとも違う、飽くまでも新作『戀愛大全』を軸に、毛皮のマリーズ時代や『ドレスコーズの音楽劇《海王星》』からもセレクトしたラヴ・ソングのみで構成されたセットリスト自体が生んだムード。「コミック・ジェネレイション」の歌詞にあるように"愛も平和も欲しくないよ/だって君にしか興味ないもん"という、振り切れた純粋さを束の間でも取り戻した幸せに溢れていたのだ。
エキゾチックなBGMからNAT KING COLEの「Quizas, Quizas, Quizas」に繋がり、音量が上がるとメンバーがステージに登場。最後に志磨が現れると割れんばかりの拍手が起こる。志磨はアーティスト写真同様、香港のフィルム・ノワールからのインスパイアなのか、チャイニーズの踊り子のようなピンクのシャドーとチークが遠くから見てもアイコニック。衣装もスパンコールがあしらわれたトップス、ゴールドのネックレスを幾重にもつけた若きロックンロール・スターといった出立ちだ。
田代祐也の透明度の高いギター・サウンドが一気に晩秋のCLUB CITTA'を真夏の色に変える「ナイトクロールライダー」で幕開けだ。リズムは抑え気味の音量で、ビートさとしのドラムにもうっすらリバーブが掛かっているような印象。音源で得られた意識が遠のくような音作りがライヴでも実現していることに驚嘆した。バックライトでシルエットしか見えなかった1曲目から一気にステージが照らされ、フロアが沸き立ち、瑞々しい真夏の感覚に疾走してくような「聖者」、そして中村圭作(Key)のトイ・ピアノのような音色が若くて切なくてバカな男の子の恋を彩るような「惡い男」、インディー・ポップのようなイノセントなムードの「ぼくのコリーダ」と、ひとつの流れを作っていく。アルバム『戀愛大全』の中でも、田代のJohnny Marr(ex-THE SMITH)直系なギター・サウンドやシンセ・サウンドが特徴的な曲が、一気に披露された感じだ。実はアルバムの中でも、寂しかったり、終わったりした恋の歌は今回、外れている。しかし、そういうニュアンスの曲は新作以外から選曲されていたのだ。
アルバム『1』収録のメランコリックな「みずいろ」が、まさに透き通るようなアンサンブルで蘇る。意外な選曲は続き、『ドレスコーズの音楽劇《海王星》』から「紙の月」へ繋がる。ビートをバス・ドラムとパーカッションに置き換えたことで、うっすらとムード歌謡的なニュアンスに置換されていることを、ゆるりと回り出すミラーボールがより色濃く演出していた。さらに懐かしい響きのピアノのフレーズにフロアが湧く。毛皮のマリーズの「MAYBE」だ。ここでぐっとドラム・サウンドが前半の靄掛かった音色から生っぽくなった印象。淡々と進むスロー・バラードだからこそ、じわじわと感情が膨張していくこの切なすぎる純粋なラヴ・ソングの核心が肉薄してくる。ギター・サウンドが命のこの曲で、田代はシューゲイズな轟音でまるで自分と対峙しているようでもあり、その孤高ぶりがこの曲の普遍性に新しい色を差していた。フロアは立ち尽くして凝視するしかない、そんな状態だったのではないだろうか。
"どうもありがとう! ドレスコーズです。「戀愛遊行」、ラヴ・ソングだけ選んで歌っているツアーです"と種明かしし、美しい恋人たちに何もかもうまくいくようにと、「ラストナイト」を歌い始める志磨。キャッチーで80sっぽいアレンジのこの曲から、彼のアクションがロック・スターというより、どこかアイドル的なセオリーのあるアクションに変化したのも面白い。ポップなニュアンスは、マリーズ(毛皮のマリーズ)では栗本ヒロコ(Ba)がヴォーカルを取るナンバー「すてきなモリー」を志磨が歌うというサプライズを挟んで加速。グッとパンクなニュアンスを増した「エロイーズ」あたりから、溢れるヴァイブスがフロアを包み、そこここで自由にアクションするオーディエンスの姿がひとつの生きもののように見え始める。1曲ごとに高く手を挙げお辞儀をする志磨が続けて歌い始めたのが「Mary Lou」だったことで、フロアのバイブスはさらに高揚して、歓喜の持って行き場が大きさを増すクラップやジャンプに昇華されているようだった。それはライヴのテンプレなどではなく、志磨遼平が描いてきた永遠じゃないけれど、永遠であってほしいラヴ・ソングの真実に突き動かされているからなのだと感じる。これだよ、これ。煽られているわけでも、ルーティンでもない。そもそもドレスコーズにそんなものはない。歓声も上がるし、志磨を呼ぶ声も絶えない。
"ただいまー、東京!"と笑顔を見せ、スタンディングで満員のフロアを見渡し、自身も煌びやかなライトのなか、おぼつかないステップで、久しぶりにアクティヴなステージを行っていることを言葉にする志磨。それは『戀愛大全』という、世間と隔絶した架空の夏の物語と連動したツアーだからでもあるが、現実には少しずつアクティヴなステージを取り戻してきたプロセスもある。それでいて、でもやはり今回のツアーは盲目的なまでの愛の愚かさや純粋さを突き詰めた内容なのだ。そのことが自然とフロアを動かしている事実がある。自分の愛する人たちがこの時代をなんとか健やかに乗り越えてほしいと願ってきた志磨とファンの関係はとても強い。それゆえに自分の行動への責任感もあるのだと思う。
終盤、その責任感を持ったうえで、解放されていくファンの感情は爆発した。ルーズでオーセンティックなロックンロール「やりすぎた天使」も生感を増していて、痛快なぐらいに自暴自棄で無敵な夏の記憶は、強力なアンセム「コミック・ジェネレイション」に繋がっていく。マイク・スタンドを使った冴えたアクションを目にし、"愛も平和も欲しくないよ/だって君にしか興味ないもん"のフレーズが聴こえたとき、いい意味で本当に世の中がどうとか、どうでもいいわという気分で笑っている自分に気づいた。この気分は他所では味わえない。そしてみんな歌っているのである。志磨がこれみよがしに"声が聞こえる。もっとちっちゃく、もっとちっちゃく"と言っても止まらない。"歌うなよー!"という、今ならではの懇願にみんな笑いながら踊るという、得難い経験をしたんじゃないだろうか。そしてラヴ・ソングばかり歌うツアーの本編ラストは、愛してるとか言葉で伝えてる暇もないぐらいコントロール不能な感情が爆発する、マリーズの「恋をこえろ」が暴走する。ずっと無軌道なアクションを見せながら的確なビートを作り出していた有島コレスケ(Ba)も、さらにカオスなアクションを見せ、フロアも対抗するようにカオスを呈していく。エンディングに田代がひとり残され、リフをループさせた挙句、ヤケクソでもなんでもなく終わりの合図のようにギターを投げた、そのフォルムが完璧だった。ずっと着座で無心にギターを弾く彼の佇まいは、今のドレスコーズを志磨とともに視覚化していると確信した終わり方でもあった。
長いアンコールの拍手に迎えられて、まだ多くのラヴ・ソングがある彼らの選曲は、当時志磨がひとりでメンバー以外のミュージシャンたちと作り上げた、マリーズの『ティン・パン・アレイ』からだった。恋愛はもちろん、今こうして出会えたメンバーと鳴らす「愛のテーマ」に感慨を覚え、そしてこの旅の終わりに東京に戻ってきたこととリンクするように「序曲(冬の朝)」が、怒濤のアンサンブルで奏でられたのだった。
ちなみに早くもこの日、大阪公演が映像化され、リリースされることがアナウンスされたが、これほど早い決定はいかに稀有なライヴでツアーだったかを証明している。この旅の道連れになれて幸せだ。
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