Skream! | 邦楽ロック・洋楽ロック ポータルサイト

MENU

INTERVIEW

Japanese

ぐるたみん

2016年09月号掲載

ぐるたみん

インタビュアー:秦 理絵

インターネットから口コミで人気を得たミュージシャンがチャートやフェスを賑わすことが当たり前になってから数年が経つ。米津玄師、ヒトリエなどがその筆頭だが、その文脈の中で新たなネクスト・ブレイクを期待されるアーティストが"ぐるたみん"だ。動画サイトに投稿された動画、派生動画は再生回数1億回を超えるネットシーンの重要人物が初めて全曲を自ら作詞作曲して完成させた4thアルバム『GRACE』。持ち前のハイトーンを活かした全13曲はロック・シーンを意識しながら、すべてにシングル級のパワーを注ぎ込んだ作品となった。ネット・シーンからロック・シーンへ。変化するアーティストとしてのスタンスを探った。

-7月まで開催していたツアー"LIVE-G TOUR 2016 GIANT KILLING ~PRESENTED BY UNIVERSAL-W~"では初日に赤坂BLITZという大きな会場にも立って。ぐるたみんさんは、今はネットだけでなくライヴ・シーンでも強く求められる存在ですね。

今回は前の事務所を辞めて、ユニバーサル(UNIVERSAL MUSIC)に移籍するタイミングだったので、8ヶ月ぶりのツアーだったんです。だから、とにかく勘を取り戻す感じだったんですけど、そのうえで成長もできたと思ってます。実は初めてワンマン・ライヴをやった会場がZepp Tokyoだったんですよ。初めて出演したイベントもTSUTAYA O-EASTでいきなり1,300人の前に立つっていう。だから、そういう大きい会場だけじゃなくて、今はちゃんと下積みもしたいなっていう想いもありますね。そんな贅沢を言うと、怒られるんですけど(笑)。

-早い段階で大きな舞台を用意してもらったからこそ、逆に小さなライヴハウスからちゃんと修業をしていきたい、と?

そうですね。僕自身、ぐるたみんを始めてからはシンデレラ・ストーリーだったと思うんです。でも、それ以前は自分の人生もあるし、下積みもありました。もともと僕は作曲事務所にいたんですけど、全然鳴かず飛ばずで。もう音楽を諦めようかなと思ったときに、ニコニコ動画に出会って、それから飛躍的に伸びたので。

-今回はSkream!に初登場ということなので、その作曲事務所の門を叩いた経緯を含めて、ぐるたみんさんの音楽ヒストリーもうかがえればと思います。

まず、うちの親父がジャズ・ピアノをやってて、趣味でライヴもやってたんです。母親との出会いもライヴハウスだったらしくて。(母親は結婚を)"失敗した"って言ってましたけどね(笑)。だから、お腹の中にいたときから音楽は聴かされてましたね。昔の(自分が映ってる)ビデオを見ると、いつも爆音で音楽を鳴らしてるところにいるという環境でした。田舎っていうのもあるんですけどね。

-そこで聴いてたのは、両親が好きだったジャズとか?

そうですね。よくわからないフュージョンとか。

-じゃあ、ジャズ、フュージョンの影響から曲作りも始めていくんですか?

シーケンサーの機能がついたキーボードが自宅にあって、小学3、4年生のときに、そこに初めて打ち込みをしたのがT-SQUAREの曲だったんですよ。そこからシーケンサーで遊ぶのが好きになりました。親父が"QY70"っていうYAMAHAのシーケンサーを買ってくれたんです。あとから聞いた話によると、親父が自分のために買ったのを僕は買ってもらったと勘違いして自分のものにしてたみたいです(笑)。

-バンドを組んで誰かと一緒に音楽を鳴らすことに興味を持たなかったんですか?

バンドは中学校の文化祭で組んだんですけど、当時はあんまり人とやっても面白くなかったんです。たぶん、それもあってシーケンサーの方に走ったんだと思います。そうやって高校まで音楽をやってたんですけど、高校を卒業するときに"この先どうしようかな?"って進路を考えるじゃないですか。それで、よく考えてみた結果、やっぱり音楽がやりたいなと思ったんです。それで音楽の専門学校に入学して、その学校を卒業して入ったのが作曲事務所ですね。

-作曲事務所ではどういうことをやってたんですか?

当時流行ってた"着うた®"とかカラオケとか作ってました。

-既存の曲を、着うた®やカラオケ用にアレンジするお仕事?

そうです。もともとは作曲をやれるっていうことでその会社に入ったんですけど、なかなか作曲する機会もなくて。それで、自分で作った曲を"Next Music"っていうサイトに載せたんです。そこでは無名のバンドがいっぱい曲を公開してて、半年に一度、賞がもらえるコンテストみたいなのがあるんですけど、僕の曲は全部打ち込みだから、入選とかで終わるんです。そこで曲を公開してたときに声を掛けてくれたのが前の事務所の人だったんです。

-それと同時にニコニコ動画にアップした"うるおぼえで歌ってみた"というボカロPの曲を歌うシリーズでは、ものすごい再生回数を記録していきますよね。

もともとニコニコ動画を初めて知ったのは、「エアーマンが倒せない」(※ゲーム"ロックマン2 Dr.ワイリーの謎"の登場人物エアーマンをテーマにした同人サークル"てつくずおきば"によるオリジナル楽曲)のコピーをやらされたことがきっかけで。"なんだ、このかっこいい曲は"みたいな感じだったんです。そこからニコニコ動画の独自な文化を知っていき、"ボカロ"っていうのがあることを知っていったんですね。それを僕もやってみようかなっていう感じでしたね。

-話を聞いてると、ぐるたみんさんはもともと"アーティストになりたい!"っていう感じではないですよね。でも、すごく音楽をやりたいという気持ちは持っていて。

もともとそういう気持ちが弱かったのかもしれないですね。アーティストになりたいっていう強い意志もなかったし、自分でもなれると信じてはいなかったんだと思います。

-どの瞬間に"アーティストになりたい"と自覚したんですか?

やっぱりニコニコ動画で応援してくれる人がいたから、勇気を出せたんだと思います。それがなかったら自分から歌おうなんて思わないし。昔から自宅やカラオケではずっと歌ってたから、本当は心の中ではやりたかったんだろうなって思います。