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INTERVIEW

Japanese

discourage

2014年04月号掲載

discourage

Member:榮 広大 (Vo/Gt) MONZ (Gt) 坂ヰ カズオ (Ba) 田中 匠 (Dr)

Interviewer:岡本 貴之

奄美大島出身のメンバーを中心に結成された4人組バンド、discourage(ディスカレイジ)。ヴォーカル、榮広大が伸びやかに歌う曲たちは奄美の自然、魚や鳥と言った情景が浮かんでくる和やかなものだが、そのサウンドは紛れもないエッヂの効いたロックだ。個性的なメンバー4人に記念すべき1stアルバムについて話を聞いた。

-まず、discourage結成の経緯を教えて頂けますか?

榮:もともと僕が高校生の時にやっていた時のバンド名で、そのバンドはなくなったんですけど、東京に出てきた時にまたその名前を使ったんです。ベースとドラムにメンバー・チェンジがあって、今のメンバーになって3年目です。

-バンドのプロフィールに奄美大島が出てきますけど、全員が奄美出身というわけではないんでしょうか?

榮:僕とギターのMONZ(モンジ)が奄美大島出身で、高校の同級生なんです。

MONZ:ただ僕も加入したのは後々ですけど。東京に出てきてからですね。

-他のメンバーの方はどのように集まったんでしょうか?

榮:ドラムのタナショウ(田中匠)は対バンしてたバンドのメンバーだったんですけど、そのバンドが解散することになって、そのタイミングで僕らのバンドのドラマーも抜けたんです。それで前から良いドラマーだなと思っていたタナショウを誘いました。

田中:タイミングがバッチリ合ったんですよね、今思えば。

MONZ:前のドラムが辞めた次の朝に、すぐタナショウに電話して"入ってくれ"って言ったんですよ。

-タナショウさんは前からdiscourageに興味があったんですか?

田中:何度か対バンしてたんですけど、男ヴォーカルでとても上手い人とやってみたいという気持ちがその時あったんです。

-ベースの坂ヰさんはどのようにバンドに加わったんですか?

坂ヰ:友達経由で、discourageのベースが辞めるからやらないかと言われて。最初は2、3ヶ月やってくれないかという感じだったんですけど。

榮:その頃、ツアーのサポートが必要だったんです。

坂ヰ:そのツアーが馬鹿みたいな本数で(笑)。関東周辺で40本近くあったんですよ。

MONZ:関東周辺だから毎回日帰りで(笑)。

坂ヰ:それがいくつかのバンドが集まって作ったコンピレーション・アルバムのツアーだったんです。その時にタナショウが元々いたバンドも一緒だったんですけど。その後タナショウがdiscourageに入るっていうんで"じゃあ俺も入る"って言って正式メンバーに加わりました。

榮:でも全然メンバーになりたいとか、そんな素振りもなくて。3人でカズオさんに"タナショウも正式メンバーになったから"って話したら"じゃあ俺も"って(笑)。

-(笑)結構自然な流れで4人が集まったんですね。出発点ではあるけれど、奄美大島のバンドというわけではないんですね。

榮:そうですね。ただ作っている曲の情景描写みたいなものは僕の地元の風景を思い浮かべたりはしていますね。

-もともと、榮さんが東京に出てきたのは音楽をやるためだったんですか?

榮:そうですね。単独で出てきて、その後に地元でやってた年下のドラムが2年後に上京してくるということになっていて。僕は先に東京に来て他のバンドのサポート・ギターをやったりして2年待って、ドラムが上京してきて初めて自分のバンドを持ちました。