Japanese
透明図鑑
2021年04月号掲載
Interviewer:宮﨑 大樹
ナノのサポート・ミュージシャンや、"ハリー・ポッターと秘密の部屋 in コンサートツアー"での演奏など、キーボーディストとして幅広く活躍をする透明図鑑。彼女が、ソロ・アーティストとしての第一歩目となる"0th"シングル『空に沈める』を配信リリースした。照井順政(siraph)との共作で完成させた本作は、クラシック、現代音楽、ポップス、ポスト・ロック――多様なフィールドでプレイしてきた彼女だからこそ生み出せた独創的な作品だ。本作について、そして透明図鑑のこれまでとこれからを語ってもらった。
照井順政(siraph)との共作による"0th"シングル『空に沈める』に迫る
-透明図鑑さんは、ナノさんのサポート・ミュージシャンや、"ハリー・ポッターと秘密の部屋 in コンサートツアー"での演奏、スタジオ・ミュージシャンなど、これまではプレイヤーとして活動をしてきていますよね。そもそもは3歳からピアノを始めたそうで。
姉がピアノ教室に通っていて、どこに行くにも一緒に行きたい、という気持ちで付いていったのが始まりでした。そうしたらピアノが楽しくなっていって、小学校5年生くらいまでは地元のピアノ教室にいました。そのあとは通っていた大学に付属する音楽教室の先生に習って、そこから改めて本格的に始めました。
-学んでいたのはクラシックですよね。聴いていた音楽もクラシックですか?
幼少期から、母が教育のためにクラシックやオーケストラを家でずっと掛けていました。物心がつく前から音楽と楽器がそこにあって、毎日お風呂に入るみたいに当たり前の感覚でピアノを弾いていたので、意識的に音楽を聴き始めたのはだいぶあとなんです。中学生くらいのときに初めてレッチリ(RED HOT CHILI PEPPERS)を聴いて、そのあとは突然Norah Jonesを聴き始めて、でも初めて買ったCDはジュディマリ(JUDY AND MARY)みたいな、完全に散らばっている状態で(笑)。自分が何を好きなのか全然わかっていなかったんです。そのまま高校、大学と音楽の学校に行って、クラシックを中心に勉強したので、その時勉強したいクラシックの作曲家や曲がイコール好きな音楽のような状態でした。高校生のころは、ドイツロマン派後期くらいのものとか好きだったんですけど、大学生になるころには現代曲、一般的には少し聴きづらいものばかり勉強していました。クラシックというジャンルの中にはいたけれど、今自分がやっている音楽に通ずるものはありましたね。今考えると明確な意識として曲を作りたいと思ったのはもう少しあとだったのですが、そういう作曲家に出会ったタイミングで、自分も曲を作ろうと、そのころからなんとなく思っていた可能性もあります。
-音楽を仕事にしようと思ったのはそのくらいからですか?
実は思ったことがまったくなくて。
-それは未だにですか?
そうですね。お仕事させていただくようになったけど、そのために音楽をしようと思ったことはないんです。
-音楽をずっとやっていこうとは思っていたんですかね?
大学を卒業するくらいまでは本当に生活の一部みたいな感じで音楽をしていたので、良くも悪くも音楽が当たり前になりすぎてしまっていて。だから、私は音楽で何をしたいんだろうという問いをずっと繰り返していたんです。そのなかではっきりと曲を作りたい、ソロ・アーティストとして活動したいなと思ったのが3~4年くらい前で。ただ、どうやって作ったらいいのかよくわからない、自分なんかが作っていいのだろうかというのがあったんですね。曲を初めて書いたのは、それよりも少し前に当たる大学生のときで、当時履修していた科目でのことなんですけど、それの成績が悪すぎて(笑)。それで、これは向いていないのかもとしばらく曲は書かずにいたんですけど、ソロ・アーティストとしてやっていきたいと思い始めた時期に、再び書くことを始めるに当たって小さな作品からまずは書いて見ようと思い、iPhoneで撮った動画に音楽を付けてみたんです。それを、当時一緒に仕事していたダンサーさんが聴いてくださって。その時に"もっと作ったほうがいいよ"と言ってくださった言葉が背中を押してくれて、いよいよソロ・アーティストとしての作品をつくる踏ん切りがつきました。
-活動名を"透明図鑑"に変更したのも、その時期とリンクしていますか?
リンクしていますね。幼少期から長く音楽をやりすぎてきた積み重ねで、自分の進む道が勝手に決まってしまっていたような感覚がして、それが嫌で嫌でしょうがなくて。人それぞれ環境は違えど、本来だったら小さいころにいろんなことを経験して、その中からこれが好きだというものを見つけて、大人になって、という過程かなと思うんです。だけど、私はピアノのために、長く遊んだらダメとか、マンガやゲームもダメと言われて育って、知らないことが多すぎたから、自分の手で選んできた気がしなくて自分の人生なのに自分のものじゃない感覚がすごくありました。そういうことを考え続けていたら"名前ってなんだろう?"と思ってきて。身体も自分のもので、人生も自分のもののはずなのに、名前は貰ったもの。これから、自分でひとつずつ選んで能動的に生きていきたいなと思ったときに、透明図鑑というアーティスト名にしようと思いました。もちろん、両親が一生懸命考えて付けてくれた名前なので、今も本名は大切に思っています。
-プレイヤーとして活躍していた透明図鑑さんは、2021年にソロ・アーティストとしての活動をスタートすることになりました。これはどういう気持ちからですか?
アーティスト名を変えたときから、ずっと自分の音楽を作ってみたかったんです。出せることなら早く出したかったんですけど、いろんなデモを作っていくなかで、これじゃないぞ感があって。つくり始めた頃は、何かに憑りつかれたように焦っていたんですけど、"こんなに焦って何をしたかったんだろう?"というフェーズが来まして。そのときにようやく作りたいものがしっかり見えてきて、それが去年の春くらいですね。ちょうどその時期に家にひとりこもって「毒煌々」の最初のデモが書けて、これができたらソロを出そうと思いました。"これをちゃんと形にしよう"と。そのときには、もう焦る気持ちもなくて、届けたいと思えるものができたときに出そうという気持ちに変わっていました。
-作りたいものが見えたきっかけはあったんですか?
自分に対する焦りやもやもやがピークに達して"何が嫌なんだ?"の反対で"何が好きなんだ?"を探したくなって、いろんな音楽を聴き漁り始めたんです。そのときに「毒煌々」を作るのに参考にした作品にたまたま出会って。その作品を聴いて、こういう音楽を自分に引き寄せて書きたいなという気持ちに繋がりましたね。
-参考にした作品というのは?
ひとつはsalyu×salyuさんの『s(o)un(d)beams』で、もうひとつは網守将平さんの『パタミュージック』というアルバムです。そのふたつがすごく好きで。『s(o)un(d)beams』に関しては、ポップなんだけど怖くて、リズムとしてすごく面白い印象を持っていて。『パタミュージック』は、私個人の印象としては、おもちゃ箱をひっくり返したみたいなワクワクさとポップさと、分裂している感じのめくるめく展開みたいなものが面白かったんです。そのふたつをインプットした結果の私なりのアウトプットが「毒煌々」でしたね。
-今回の"0th"シングル『空に沈める』は、照井順政さん(siraph)との共作ですが、「毒煌々」のデモができたときに、照井さんが浮かんだんですか?
実は、「毒煌々」のデモをつくるもっと前、本格的にソロの曲を作りたいと思ったときに、作曲に取り組んでいる人の中で仲が良かった照井君に作曲をお願いしていたんです。だけど、リリースに至るまでの間に、自分で曲を書きたい欲求が出てきてしまったんですね。照井君も"自分で基盤まで書いちゃえば?"みたいな話をしてくれて、ひとりで書いてみた結果「毒煌々」のデモができあがったんです。別の人と作る手段もあったんですけど、もともとソロの話をしていたこともあったのでとりあえず照井君に送ってみたら"面白い曲を書けたね"と言ってくれて。それで一緒に作ってもらいたいなと思ってお願いしました。
-「毒煌々」は変則的なリズムと、楽器のように用いている様々な吐息がいいですよね。気持ち良さと高揚感があって、やたらと中毒性が高い。
拍子も吐息も最初のデモの段階で入れていたものなのですが、あまり考えずに書いていて(笑)。4拍子の曲がなかなか書けないんですよ。気持ち悪くなってきちゃうんです。不安感というか、ムズムズしてしまって。
-ポップスで最も一般的な4拍子が苦手なんですか?
4拍子そのものもそうなのですが、ずっと同じビートが続いている曲とか、全パートが同じビートの曲を作るのが苦手で。演奏したり、聴いたりするのは大好きなんですけどね。ポリリズムとか変拍子にしたいんじゃなくて、勝手になってしまうんです。「毒煌々」は複調みたいになっているリフが最初に浮かんで、それをどのビートに乗せようかと考えたときに、あの5拍子のビートが浮かびました。複調のリフが4拍子なので5拍子のビートと合っていないんですけど、5と4は20で合うから繰り返せばいいじゃんって。そのあとにピアノ・ベースを乗せました。それぞれのパートごとに歌える曲にしたかったんですけど、ピアノ・ベースをつらつら書きすぎたら、もはや拍子がないみたいな感じになってしまって(笑)。サビ前まで続けたときに明るい3拍子にしてしまえと思って、3拍子にはかわいいイメージがあるので、エレピを入れました。吐息は人間らしい要素が欲しくて入れました。
-クラシック、現代音楽、ポップス、ポスト・ロックなど、プレイヤーとして様々な音楽を演奏してきた透明図鑑さんだからこその曲に感じたんですよね。
自分ではジャンルとかが全然よくわかっていなくて、且つスケールのこともよくわかっていなくて、完全に感覚だけで書いているんです。雑に言うと、だいたいが思いつきなんですよ。
-これが思いつきで作れるのは、たくさんの下地があるからですよ。
たしかに、クラシックをやっていたころはオーケストラも好きだったんですけど、「春の祭典」(ストラヴィンスキー)とかがすごく好きで。あの曲はみんな拍子が違うんですけど、そういう影響があると思いますね。お仕事で携わった"ハリー・ポッター"のコンサートの音楽をやっていたJohn Williamsという作曲家もまたそういう気(け)の強い作曲家で、彼の音楽にも影響されていたのかなぁと。現代曲では十二音技法とか、一柳(慧)さんとか、そういうものばかり聴いていたので、こんな曲になってしまったのかもしれないです(笑)。
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